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十夜

 

「は~あ。なんか喰い飽きた。もっと何か、食いごたえがあるのがいいよなあ~?」


 男はどうでも良さげに感想を述べているが、その手は止まらず食事をしていた。


「もう、やめろ、やめて、くれ・・・」


「んなこと知るかよ。ここは弱肉強食の世界。強い者が弱い者を喰らう、それが当たり前なんだよ」


 男は吐き捨てるようにそう言う。


「わかったよ。なら、俺のするべきはただ一つだ・・・」


「まだやんのか?あんだけ力の差を見せつけられてなお」


「それでもっ、それでもっ!お前みたいな、お前みたいなクソ野郎は絶対に許せないんだよ!!だからここで、ここで死んどけってんだよっ!!」


「はあ」


「なっ・・・」


 男へと振り下ろされた眩いばかりの魔法剣は、男へと触れた途端、跡形も残さず消滅する。


「あのなあ~?今どきそんな魔法なんて通用しねえんだよ。わかるか?わからねえだろうな。獣以下のゴミにはな」


「お前、いったいなんなんだよ・・・」


「何が?見りゃあわかるだろうが。俺はただ飢えているだけだ。ま、お前のお仲間は腹の足しにもならなかったけどな!」


「この化け物が・・・っ!!」


「そうだ、もっとだ、もっと俺を憎め。それが旨味になるからな」


「クソが、クソがっ、クソがああああああああっ!!」


「はて、お前はいったいどう食してやろうか?」































「よく頑張ったね、クーネ」


「うんっ!」


 時は正午、つまり、それはお昼の時間だ。


「今日はどうする?一応お弁当を作ってきたけど・・・」


「お弁当がいい」


 そうかそうか、本当にクーネは可愛いな~。

 俺はそんなクーネの可愛さと、俺のお弁当がいいと言ってくれたことの嬉しさがあったせいか、自然と手がクーネの頭を撫で始める。


「はっ、いけないいけない。じゃあ、食べようか」


「うん」


 そうして、俺たちはフリースペースとして設けられた中庭へと向かう。

 試験開始前には溢れるように人がいたというのに、今では三分の一程度まで減っている。

 まあ、試験に落ちてしまった人がいなくなったおかげ、と言ったら言い方が悪いようだけど、実際にそうなのだから仕方がない。

 あっ、ちなみに言うと、クーネはここまで全戦全勝だ。

 とてもじゃないけど、クーネと対等に、というか瞬殺されない相手が一人としてまだ現れていない。

 俺としても非常に退屈だった。

 とは言え、クーネが順調に勝ち進んでいるのを見るのは気分が良かった。

 ふと他の試合状況が気になったので、クーネの試合が空いた時間を利用して見に行ったりもした。

 しかし、どのブロックの試合も退屈に尽きるものだった。

 まず、南ブロックではネネさんが八つ当たりもいいところだけど、俺に対する不満やら怒りやらをぶつけていた。

 職員の人が慌てて止めに入るくらいに盛大に。

 これだけでわかると思うけど、まあ、ネネさんに今のところ敵はいないということだ。

 東ブロックではこれまた予想通りというか、マサトくんが無双していらっしゃった。

 クーネ同様に瞬殺の嵐。

 見なくても良かったかも、とついつい思ってしまうほどだ。

 そして、俺が一番気になっていた西ブロック。

 やはりというか、魔力の桁がおかしい少女が一人勝ちしていた。

 どういう原理かわからないけど、相手の攻撃が全て当たらないのだ。

 どんな武器、どんな魔法を使っても当たらない。

 ただ立っているだけなのに、どんな攻撃もすり抜ける。

 その上、出鱈目な威力の魔法を軽々と放ってくるのだ。

 そのため、戦意を喪失して降参していくという結果が続いている。

 西ブロックの同じ受験者も、そんな少女を見て同じく戦意を喪失していってしまい、戦う前に降参してしまうというのが続いている状況だ。

 でもまあ、ある意味では効率がいいと言える。


「ここでいいかな?」


「お弁当」


「はいはい」


 俺とクーネは木陰の下に設置されたベンチに腰かけ、お弁当の風呂敷を解く。


「今日はクーネのために頑張って作ったから、お腹いっぱい食べてね」


「ありがとう、お姉ちゃんっ!」


 くぅ〜、やっぱり素直で可愛いよ〜。

 俺は思わず嬉しさのあまり泣きそうになったけど、一先ず我慢してお弁当の蓋を開けることにした。


「ゴクリ・・・」


 クーネも余程お腹が空いているのか、お弁当を一点に見つめたまま涎を垂らしている。


「さあっ、召し上が」


 と、俺がお弁当の蓋を開けようとしたその時。


「⁉」


 俺は突然の衝撃と共にその体を吹き飛ばされる。

 何が起きたのか、それを理解できないまま飛ばされていく俺。

 とりあえず無駄な物を壊さないようにするためにも、早々に体勢を建て直し、着地する。

 着地後、ぼんやりとだけど少しずつ頭が現状を把握し始める。

 ふと、なんとなしに右頬を触ると僅かであるが赤く腫れていた。


「殴られた?でもこの威力・・・」


 ツクヨミさんの拳と同等くらい、か。

 しかし・・・いったい誰が?


「お姉ちゃんっ!」


 俺の身を案じてだろうか、いつにもなく必死になるクーネ。

 そして、その腕の中には俺が作ったお弁当があった。


「あ、クーネ。どう?どこかケガとかない?」


「ううん、クーネは大丈夫。けど、この場合、クーネがお姉ちゃんに聴くのが普通」


「た、確かに・・・」


 う~ん、いや、でもやっぱりここはクーネに聴くだろう。

 俺は痛みを感じず、傷ついてもたった数秒で回復する。

 それに比べ、クーネには痛覚が存在するだけでなく、傷ついたら回復するのに時間がかかる。

 いくらこの世界に治癒魔法があるからって、回復する間の痛みには耐えなければならない。

 そんなこと、絶対にクーネに味あわせて堪るものか。


「お姉ちゃん、あれ、どうするの?」


 そう言って、クーネはある場所を指差す。

 俺はそれにつられるようにしてそちらに顔を向けると、そこには一人の男がいた。


「おいおい。俺をあれ呼ばわりとはな。たくっ、これだからガキは好きじゃねえんだよな」


 男は嫌悪感を隠すことなくそう言う。

 しかしこの人、なんだか・・・。


「汚い」


「そして臭い」


「おい」


 だってね?

 それなりに離れていると思うんだけど、それでもやっぱり臭うんだよ。

 しかもなんだよ、その服は。

 ちゃんと洗濯してんのか?

 見ているだけで吐き気がするほど汚いんだけど。


「ねえ、クーネ。ちょっと殴られたところ、臭わないか確認してくれない?」


「うん」


 俺はクーネに殴られた右頬を向ける。


「クンクンクン」


「ど、どうかな?」


「ちょっと臭い」


 マジかよっ!

 触れただけで臭いってそれもう人間じゃないだろ!


「・・・」


「お姉ちゃん?」


「クーネ、あれ、触らずにどうにかできる?」


「おい」


「触りたくないのは、わかる。でも、難しい」


「おいっ!」


 男は一際大きな声を出す。


「なんですか?ちょっと今作戦会議中なんですけど・・・」


「だったら俺のいないところでやれよっ!!」


「あ、わかりました」


 その直後、俺たちはその姿を完全に消失させる。

 こっそりと準備させていたクーネの転移門(ゲート)を使って。

 取り残された男は肩を震わせながら、拳を強く握りしめて一言。


「ぶっ殺してやるっ!!」































「今日はまたいつにもまして珍客が多いわ~。そんで、なんか用なん?」


「えっと、ですね。少し困ったことになってしまって、私たちだけでなんとかするよりかは、少しお力を貸してもらった方が被害を出さずに解決できるかな、と思いまして・・・」


「なんや、それくらいやったら手を貸せるで?」


「え、いいんですか?」


「いいも何も、学院に害となるものを排除する。それが()()としての存在意義やろ」


「そ、そうですね・・・」


 俺たちは今、クーネの転移門(ゲート)を使ってエントワ学院最高責任者である、学長先生の元までやってきていた。

 理由はあの害悪男を撃退するためだ。

 しかし、これはいったいどういうことなんだろう?

 今日この時が初対面となるのだけど、第一印象はこれまで会ってきたどの人よりもいい。

 というのも、初めての人に対しては必ずと言っていいほどに警戒してしまうのだが、この人だけは違った。

 この世界でクーネに次ぐ安心感だろうか、これが波長が合うということ、なのだろうか?

 この学長先生のことは個人的にかなり気になるけど、一先ずは目の前の問題に向き合うべきか。

 まあ実際問題、俺たちだけであの男を撃退できるかと言われれば、それは可能だろう。

 普通に殴るのが一番早いのだけど、それは生理的に無理だったために断念した。

 そこで魔法戦だ。

 だけどあの男、恐らく魔法に対する耐性が極めて高いだろう。

 それは俺よりクーネの方が理解しているだろうけど。

 そうなると、必然的に高威力の魔法を使うことになるのだけど、周囲への被害がとんでもないことになってしまう。

 そこで学長先生に協力をお願いしたということだ。


「そんで、ここにきたということは何か打算があってのことなんやろ?」


 そう言って学長先生は可愛らしく首を傾げてみせる。

 セレスさんにも劣らずといった美貌を持つ学長先生なので、男女問わず簡単に一人や二人は落とせそうな破壊力を持つのだが、腰までとはいかないものの、その長く吸い込まれるかのような漆黒の髪が顔を覆ってしまったため、可愛さは残念ながら、という結果に終わってしまっている。


「はい。実は、こうしてあれして・・・」


 そんなこんなで細かく説明すること五分。


「ほな、行くで」


「あ、はい」


 意外と行動が早い人だな~。

 俺には到底無理だ。

 まあ、クーネのことになったら別だけど。

 そんなことを考えつつも俺とクーネ、学長先生で転移門(ゲート)へと入っていく。

 ちなみに、この転移門(ゲート)は学長先生のものだ。
































「やっと戻ってきやがったか」


 転移門(ゲート)をくぐり抜けると、そこには例の男がいた。

 なぜか俺たちが戻ってくることを知っていたようで、元の場所から一歩たりとも動いていなかった。


「じゃあ、行きますね」


 そう言って、俺は男へと向かって飛び出す。


「へっ、一丁前に壁なんて作りやがって。そんなの俺にとってはただの空気だってのにな」


 男は拳を大きく振りかぶると、それを俺に向かって勢いよくぶつけてくる。


「ふんっ!!」


 直後、その拳は見えない壁に阻まれる。

 空気を震わすほどの衝撃の後に、その拳は完全に停止する。


「なっ⁉」


 男はまさか防がれると思ってもいなかったのか、驚きのあまり硬直してしまう。


「これで!」


 そうして、俺は近距離で男に向かって全力で()()()()をする。


「おい、てめえ。いったいどんなつもりだ?」


「・・・」


「そうか、俺も随分と舐められたものだな」


 男は不愉快そうにそう言った直後、全身から溢れ出す膨大な魔力。


「せいぜいあの世で後悔するんだな、このゴミがっ!!」

 

 男は禍々しいほどの魔力を纏い、俺に殴りかかる。


「ほな、ウチも仕事せんとな」


 その瞬間、学長先生が魔力壁(シールド)を展開、男の拳を受け止める。


「ちっ!」


 しかし、男の拳を受け止めた魔力壁(シールド)は、ガラスが割れるような音と共に崩壊してしまう。


「裂」


 学長先生がぽつりと呟く。

 すると、破られた魔力壁の残骸が鋭い刃となって男へと反撃する。

 男は予想だにしていなかったのか、堪らず後方へ飛び退く。


「陣」


 またもや学長先生がそう呟く。

 今度は飛来した刃が男を中心にして壁を作り始めた。


「これで俺を閉じ込めたつもりなら、てめぇらは救いようのねえクズだな」


 男は不快そうにそう言うと、その溢れる魔力を拳へと集中させる。


「ほな、準備はええか?」


「うん」


「あ?まだ何か・・・」


「竜」


 学長先生が男の言葉を遮るようにしてそう言うと、男を取り囲んでいた刃が高速で渦を形成していく。

 そして、それは男を巻き込んで空へと上っていく。

 その様子は学長先生の言葉通り、竜そのものだった。


転移門(ゲート)


 そして、クーネの転移門(ゲート)が上っていく竜のその先に展開される。


「ゴミどもがあああああっ!!」


 そんな実に敗者らしい叫びの後、男は転移門(ゲート)の向こう側へと消えていった。

 嵐が過ぎ去った後のように静寂が訪れるが、それを周囲の人々が歓声を上げることで打ち破る。


「ふう、やっと終わった・・・」


「お姉ちゃん」


「ん?どうかした?」


「お弁当」


 クーネは大事にお弁当を抱きしめながらそう言う。


「じゃあ、食べようか」


「うん!」


 俺も腹が減ったし、早く食べよう。

 確か、このお昼休憩もそう長くはなかったはずだし、早くしないとお昼抜きになってしまう。


「お二人さん。時間切れやで?」


「へ?」


 学長先生がそう言った後、すぐにアナウンスが流れる。

 それは、試験の再開と次の試合の組み合わせを告げるものだった。

 だけど、この時の俺とクーネはそんなことよりも、お昼が抜きになったことへの衝撃が大き過ぎて全く耳に入ってこなかった。


「そんなショックなんやね。なら、学長の権限でお昼をとる時間くらい確保してやるで?」


「そ、それは本当ですか・・・?」


「嘘をついてどうするねん」


 俺とクーネは、学長先生のそんな言葉を聞いて。


「「やったああああああっ!!」」


 嬉しさのあまり飛び跳ねたのだった。





























「なんなんだよ・・・てめえら、いったいなんなんだよっ!!」


「何って言われても〜わからないっス!」


「私たちは神です。正確に申し上げるなら、転生後の神、ですが」


「もう〜なんで言っちゃうんスか」


「減るものでもないと判断したまでです」


「なあ、俺を見逃してくれたりしねえのか?てめえらは、神、なんだろう?下界の民である俺を、まさか殺したりしねえよな?」


「何言ってるんスか。すでに散々攻撃されているってのに、よくそんなこと言えるっスね」


「そもそもの原因は、あなたがその魔力を持っているからです。その忌々しい魔力。それがあなたを攻撃する理由です」


「だ、だったら、この魔力さえなければ俺を殺さなくてもいいってことだよな?」


「いや、殺すっス」


「は?」


「その魔力を保有した、という時点であなたは私たちに殺される運命なのです。呪うべきは、あなたがその魔力を宿してしまったことでしょう」


「クソがっ!」


「さて、そろそろお話はお終いにしましょう」


「そっスね」


「やめろ・・・やめろっ、やめろおおおおおおっ!!」































「お前も聞いたか?魂喰らい(ソウルイーター)が死んだって話」


「聞いた聞いた。なんでもアミナの地で死体が見つかったってな」


「でもよ?なんかそれっておかしくねえか?」


「確かにな。魂喰らい(ソウルイーター)の出現が確認されたのは五日前。死体が見つかったのは二日前。そしてその出現が確認された同日に魂喰らい(ソウルイーター)は死んだとされている。だが、たったの一日もないというのに、あのアミナの地まで移動できるとは到底考えられない」


「なんせ、自身を対象とした魔法も全て喰らい尽くすんだから、転移門(ゲート)で移動することもできないからな」


「身体強化で、ということも不可能。なら、いったいどうやって移動したんだろうな?」


「いや、俺に聞かれても知らねえよ。でもまあ、いろいろと不気味ではあるけどよ、こうして一つ、この世界から脅威が消えたって思えば、俺たちからすればいいことだしな」


「全く、そうだよな」


 と、いう会話を盗み聞きしている俺。

 なるほどなるほど、あの害悪男は死んだのか。

 というか本当の意味で害悪だったんだ。

 でも意外とうまくいくもんだ。

 ベリアルさんに聞いておいてよかった。

 よし、じゃあ俺は帰るか。

 ちょうどベリアルさんも偵察から帰ってくる頃だろうし、早いとこ家に帰ろうっと。




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