一夜
この世界はどうしようもないくらいに不平等だ。
この世界は弱者に残酷を与え。
この世界は強者に慈悲を与える。
俺はそんな世界に絶望した。
だから、自ら死を選ぶのだ。
この世界から逃げ出したくて仕方がなかった。
なのに、世界は俺を逃がしてはくれなかった。
なぜなら俺は、異世界で転生していたのだから。
冷たくなっていく体。
辺りを真っ赤に染める俺の鮮血。
少しずつだが、確実に遠ざかっていく意識。
痛みも全く感じない。
衝動的に手首を、手近にあったカッターナイフで切ったとは言え、あの激痛も感じなくなるくらいに意識が薄くなっている。
このままではそう長くない内に死んでしまうだろう。
落ち行く意識の中、俺は暗闇に満ちた瞳に突如熱を感じた。
頬を滑るように落ちていくそれは、なんと俺の涙らしかった。
微塵も後悔などないはずなのに、どうして涙なんか流れるのだろうか。
しかし、今更そんなのことを考えてももう遅い。
例え俺に思い残したことがあったとしても、それを成すことはできないのだから。
なぜならすでに足が、腕が、心臓が完全に動かなくなってしまっているのだから。
そして、この思考すらも消えて。
次は、もっと幸せな人生だったら、もっと・・・。
「もっと・・・って、あれ?」
俺、死んだはずじゃ・・・。
それに、やけに体が熱い。
凍えるような冷たさを味わった直後ではなお熱い。
「腕も、足も動く・・・」
ゆっくりと上体を起こしつつ、異常がないか確認する。
いったい、何がどうなっているんだ・・・。
もしかして、蘇った?
いやいや、そんな荒唐無稽なことが起きるわけ・・・ないはずだ、うん。
「そして、ここはどこなんだ?」
そう言いながら、俺はぐるりと辺りを見渡す。
通常なら、そこには見慣れた自分の部屋が広がっているはずなのに、なぜか違った。
そこは、壁からこの床までが全て石造りとなっており、正面に扉が一つあるだけの、監禁部屋と言っても過言ではない場所だった。
「俺は、なんでこんなところに・・・。いや、そもそも俺は死んだはずじゃなかったのか?それに、腕を見ても傷なんてないし・・・」
と、その時だった。
ふと俺の肩に髪がかかった。
頭に?マークを浮かべつつも、その髪を手に取ってみる。
その結果わかったことは、俺の髪は腰まであるぐらいに長かったということだ。
それを踏まえて、俺は何気なしに胸へと手をやる。
するとそこには僅かな膨らみがあった。
俺はそれをしっかりと確認して確信した。
それは、俺が女になっているということだ。
「なんでだよっ!」
本当になんでだよ。
こうして生きているだけでも不思議なのに、まさか自分が性転換していようとは誰が考えるだろうか?
畜生、いったい何がどうなっているんだ?
「何かこうなる原因があると思うんだけど・・・ゲホッ、ゴホッ、うえっ、な、なんでここはこんなに埃まみれなんだよ・・・!」
クソ、こんな場所で考え事なんてしてられるか!
とりあえず移動だ、移動!
そう思い、この部屋から逸早く出ようとして立ち上がると、突然甲高い金属音が部屋中に鳴り響いた。
肩をびくつかせながらも、その音源の方へと目を向けると、そこにあったのは黄金色の光を放つ、見るからに高そうな剣が落ちていた。
いや、違うか。
正確に言うなら立て掛けてあった、だろう。
「俺が勢いよく立ったせいか?それにしても、なんで俺の横に?」
だけどまあ、そんなのはどうでもいいか。
ここがどこなのかわからない以上、護身用としてこの剣を持っていくのも有りだろう。
だが、俺にはそんな武器なんて必要ないし、これを売り払ってお金なんて得てもきっと無駄になるだろう。
「だって、これから死ぬんだからな」
この剣で一突き。
たったそれだけで俺は死ねる。
一先ずはこの埃だらけの部屋から出ようと、そう考えていたのだが、この剣は俺に進むべき道を教えてくれた。
「普通は、こうしてもう一度生を受けられたことを喜ぶべきなんだろうけど、生憎と俺には生きる意味も理由もないしな」
本当になんで俺だったのだろうか?
もっと生きたいって思う人なんてごまんといるだろうに。
もしも神様がいるのなら、声を高らかにして無駄遣いをするな、そう言ってやりたい。
「それじゃあ、さようならかな」
そうして、俺は黄金色の剣を手に取る。
目を閉じ、一呼吸の後、意を決して勢いよくそれを自分の腹部へと突き刺す。
剣が腹を突き破ると同時に、滝のように溢れ出す俺の血。
これで、今度こそ楽に・・・。
「ならない」
こうしてしっかりと剣が刺さっているというのに、なんで全く痛みを感じないんだ?
通常であれば、今頃剣が与える激痛に襲われ、大量の血を流し、とっくの昔に死んでいるはずだ。
だというのに、痛覚は麻痺しているように何も感じず、最早死んでもおかしくない量の血が流れ出ているにも関わらず、一向に死ぬ気配もない。
体は冷たくなるどころか逆に熱くなっていっており、体も全然ピンピンしている。
思考も非常に鮮明で意識なんて少しも薄れない。
「これ、いったいどうなっているんだ?とりあえず抜いてみるけど」
深々と突き刺さった剣をやや強引に引き抜く。
すると、抜かれた剣が引き連れてくるようにしてさらに大量の血が流れ出す。
しかし、驚くのはその後。
なんと、そんな大量の血を垂れ流していた傷穴が徐々に塞がっていっていき・・・。
「なんでやねん」
それなりに重症だったと思うんだよ?
それが瞬く間に治るってありえないよな?普通は。
「と、いうことはだ。もしかして腕なんかを切断しても・・・」
腕を切断してみた。
「やっぱり痛くない。それに、切断した腕も、こうやって断面に沿って合わせればくっつくしな。これだと、足も同じような気がしないでもない」
ということで、足も切断してみた。
「はい、予想通りです」
結果はなんと、腕と同じでした。
「う〜ん・・・。ちょっと怖いけど、仕方ないか。こうなったら首をやるしかない、か・・・?」
腹とか腕とか足とかは割りと大丈夫なんだけど、首を切断ってなるとやっぱり怖い。
そもそも体を切断するのが大丈夫って、それは人としてどうなのだろうか?
生への執着がない、と言えばそれまでなのだが・・・。
「ふう・・・よし。やるぞ!」
ここでも目を閉じ、微かに震えるその腕で剣を持つ。
やはり自分の首を、自分の意思で、となるとどうしても恐怖が湧いてきてしまう。
それは意識して、ではなく、生物としての本能がそうさせるのだろう。
しかし、この場でそれはひどく邪魔だった。
だからこそ、まずは自分を、本能を騙す必要があった。
「俺はやればできる、やればできる、やれば・・・できる。できるできるできるできる・・・!!」
そうして、自分に暗示をかけ続けること十分強。
ついにその時が訪れた。
俺はやれば・・・できる!!
「ふっ!」
その瞬間、頭部が体から切り離された。
空中でくるくると回る頭。
固い地面へと落下、数回転がって停止。
そこでふと目を開いてみると、そこには棒立ちになっている俺の体があった。
しかし、なぜだか言いようのない違和感がそこにはあった。
それは、痛みがないのはもう相変わらずのことだが、頭だけとなった今でも、こうしてしっかりと思考できているということだ。
「あ、あ、ああ~。うん、声もちゃんと出る。あれ?これってまさか死ねない感じか?」
どうしたものか・・・。
それにさっきから感じるこの違和感はいったいなんなんだ?
どうも体の方からそれは感じるんだが・・・ん?
体からってことは、もしかしてまだ繋がっていたりするのか?
いやいや、まさかそんなことがあるわけ・・・ないよな?
とりあえず、普段やっているように腕を動かしてみる。
「あれ?これ、普通に動くな。どうなってんだ?」
今の俺の意識はこの頭だけのはずなのに、どうして体は切断された時と変わっていないのか違和感があったのだが、これは本格的にヤバイかもしれない・・・。
だって。
「だって、これじゃあ死ねないじゃないか・・・」
こうなったら毒か?
いや、それだとどうせこの体のことだ。
この異常な再生力がある限り、毒による死も考えづらい。
それじゃあ酸欠状態、窒息死なんかはいけるのではないだろうか?
う~ん、それも考えにくいかもしれない。
なんせ、首だけのこの状態にも関わらず、こうして問題なく生きていられるのがいい証拠だ。
そもそもこの体には呼吸という概念が必要ないのかもしれないしな。
「はあ・・・。どうしてこうなったんだ?」
仕方ない。
ここでいくら試行錯誤してもこの体を死へと導くことは不可能みたいだ。
ここは当初の目的通り、この部屋からとっとと退散することにするか。
「あ、一応この剣はもらっていこうか。なんかに使えるかもしれないし」
そうして、有り難く黄金色の剣を拝借すると、さっさと埃だらけの部屋を後にする。
そうして部屋を出て最初に目にしたのは、巨大な柱で支えられた、これまた巨大な空間だった。
「無駄に広くない?」
なんの意図があってこんな構造にしたのか疑問になってくる。
それにこんなに広いっていうのに、明かりの一つもないとはどういうことなのだろうか?
だけど俺にははっきりと見える。
なぜだろうか?
「なんか、頭が痛くなってきたなあ・・・」
でもそのおかげでわかることもあった。
それがここが地下だということだ。
日の光がないということはもちろんだが、それに加えてこのひんやりとする空気、そして極めつけはところどころに見受けられる天井のひび割れ。
そこからポロポロと零れ落ちてくる土。
これだけあればさすがにここが地下だという結論に至ることはできる。
まあ、そんなことがわかっても、地上に出る必要なんてあるのか?と疑問に思ったりするが。
「でもなあ、ここが地下なんてことより、やっぱりあれが一番気になるよな・・・」
俺はそう言いながら、上を見上げる。
「てか、デカすぎるだろ。なんなの?あのゴーレム」
そこにはなんと、異世界では割と定番?であろう超巨大なゴーレムがいた。
なんなんだ?これ。
守護的なあれか?
まあ、巨大なゴーレムがなんであれ、だ。
見た感じ動く気配が全く感じられないのだから、多分無視しても大丈夫だろう。
とは言っても、この空間の出口はこのゴーレムの向こうなんだけど。
「あれっ、そう言えばだけどさ。これに潰されたらさ、流石にこの再生力でも死ぬんじゃないのか?」
うん、なんか可能性はあるな。
一撃で再生が追いつかないダメージを負う、まさにオーバーキル的なあれだよ。
「でもなあ、このゴーレム、ところどころ錆びてるし、動くのか?これ」
と、俺がそんなことを言ったその時、それは起こった。
「な、なんだ?部屋全体が揺れて・・・」
俺は慌てて周りを見渡すと、すでに部屋中の壁や地面に小さいものから大きいものまで大量の亀裂が走っていた。
天井もグラグラとしていて、心なしか不安定だ。
柱も二、三本崩れたし、ここが崩壊してしまうのも時間の問題だろう。
とは言え、この場所は最近、というか長い間人の行き来がされていないようなので、当然と言えば当然かもしれない。
でも、ここが崩れるのならば、それに乗じてわざと潰されるということもできる。
だけど、恐らく今の状態ではただ生き埋めになるだけだと思う。
窒息も考えられないというのに、そんなことをやっている暇は俺にはない。
重圧で死ねるかもしれないけど、それはこれから試すことにする。
なぜなら、丁度いい実験相手が動き始めたからだ。
「なんだ、意外と動けるじゃないか」
俺は嬉々とした様子でゴーレムを見上げる。
ゴーレムには一切の感情表現ができないはずなのだが、この時のゴーレムは俺の言葉を不快そうに感じている節が見られた。
「一つ、頼めるか?」
「・・・」
ゴーレムは何も喋らない。
しかし、その赤く光る目には確かに殺る気を感じることができた。
「よし、じゃあ、俺を殺してみろよ。それくらい簡単だろ?」
俺がそう挑発すると、ゴーレムはゆっくりであるが、その巨大な片足を大きく上げ、それを俺目掛けて一気に降り下ろす。
その瞬間、部屋全体が悲鳴を上げるかのように大きく軋む。
大量の砂塵が吹き上がる中、ゴーレムは降り下ろした状態のまま、静かにその場に佇んでいた。
しばらくして、ゴーレムはふと違和感を覚える。
なぜなら、自分の足が徐々に浮き始めていたからだ。
「はあ、マジかよ・・・。まさか潰されても痛くないどころか、全然苦しくもなんともないなんて・・・。全く、この体はいったいどんな作りをしているんだ?それに・・・」
俺はそう言いながら、ゴーレムの足を勢いよく押し返す。
「身体能力も有り得ない程高い」
ゴーレムは押し返された勢いで、そのまま後方へと倒れこんでしまう。
「このままじゃあ、生き埋めされてただ時間を無駄にするだけになるのか。それなら、いっそのこと」
そう言うと、俺は黄金色の剣を構える。
剣の矛先はもちろんゴーレムだ。
この部屋から脱出するためにも、この邪魔なゴーレムは破壊しなければならない。
「ふう〜、よしっ!」
俺は戦うということに対する心の準備を済ませると、勢いよくゴーレムへと走り出す。
しかし不思議なことにも、俺はこのかたケンカなんかしたことがない身なのにも関わらず、どう動けばいいのかが手に取るようにわかった。
体が勝手に動く、というか、思い出すに近い感覚で甦る。
そんな変な感じがしながらも、俺はゴーレムに向かって斬りかかる。
すると、ゴーレムもむざむざ殺られるまいと抵抗を始めた。
まずはその長大な腕での薙ぎ払い。
しかし、これを切り上げるようにして斬りつけ、その腕を易々と切り飛ばす。
続くもう片方の腕での薙ぎ払いは、切り上げた動作から剣を上段に構え直し、一気に振り下ろすことでその腕を両断。
そして、俺はゴーレムの身動きを取れなくさせるためにも、その両足を一太刀で切断する。
「ふう、意外と呆気なかった・・・。でもまあ、これで俺の勝ち、かな」
俺は剣をゆっくりと振り上げると、最後にその頭部へと一振り。
その直後、バラバラと崩れ去っていくゴーレム。
盛大な音を立てながら崩れゆくそれを見届けた俺は、そのゴーレムの残骸の後ろにこの空間の出口でもある扉を確認。
続いて天井を見上げると、今にも崩れそうに天井が震えていたため、俺は慌ててその扉へと駆け寄る。
「早くこの空間から脱出しないと・・・!」
俺は目の前にそびえ立つ重厚で巨大な扉へと手を当てると、足裏に力を込め、ゆっくりであるが扉を押し始めた。
この空間全体に響き渡る地鳴りのような轟音をたてながら、扉はゆっくりと開く。
そして、俺はその扉の先、そこにいた存在を前に、思わず言葉を失ってしまった。
「オマエ、何者だ?」
そこにいたのは、見た目は完全に人間のそれなのだが、ただ一つ違う点があった。
その人間は、背に蝙蝠の翼を生やしていたのだから。
これだけは言わせてください。
これは趣味です。いいですか?
これは趣味です。いいですね?