2.
不必要な自己犠牲(1)
「風邪引くだろ」彼は私にそっとビニール傘を傾ける。さっきまで私の肩に当たっていた雨粒は彼へと標的を変えたようだ。「もうお前だけの身体じゃないんだぞ」「ごめん」私たちは連れ添って歩く。彼はくしゃみをした。こんなことしなくてもいいのに。私はレインコートを着てるんだから。#140字小説
上を向いていこう(2)
「初戦敗退、上等じゃないか」彼はぼくにそう言った。「上しかいないんだ。上だけ向いて頑張れるじゃん」「お前はいいよな、優勝してっから」「そうでもないさ。頂上まで行ったら下しか見えねえ。だけど上を向かなきゃ上には行けないぜ」そう言う彼は、頂上に立っても上だけを見つめていた。#140字小説
上を向いていこう+(3)
上を向いたら上に行く。下を向いたら下に行く。頂上の景色は気持ちが良い。下を見る。下に行く。人生とは登山の真っ最中。下を向く余裕なんてない。上を向いて行こう。雲をつかむような話だったら雲をつかめばいい。失敗なんてない。それは成功の過程だから。絶対うまくいく。いくまで行く。#140字小説
ペットショップ(4)
ペットショップの店員やってると結構みんなから羨ましがられる。いいなー私もかわいい動物に囲まれたいって。ショーケース越しに私を見つけると、彼らは戸をがりがり引っ掻いて尻尾を振ってアピールしてくる。もちろん私は動物が好きだけど、それがたまらなく辛いんだ。救えない命もあると知ったから。#140字小説
忘年会(5)
忘年会の幹事って本当に大変。お店に予約いれて人数調整して、みんなのために時間とお金をいっぱい使う。だけど嫌なことだけじゃない。みんなが喜ぶ姿とか、ありがとうって言葉だけで、全部の苦労が報われた気がする。エンターテイナーに必要な資質はみんなを楽しませたいって気持ちだろう。#140字小説
恋するランゲルト環(6)
視力検査のときあなたに出会ったよね。白衣のあなたはとても素敵で、そのとき私はあなたしか見えなかった。ランゲルト環があなたに見えて、穴なんてわからないよと答えてしまった。でも今のあなたは欠点もあるし普通に見えるよ。私の恋するランゲルト環。恋は遮眼子。愛はコンタクトレンズ。#140字小説
カウンターをまたいだ世界(7)
ピピピと、電子音が鳴ると同時にぼくは頭を叩かれた。「麺を茹でる時間が長ぇだろ」店長にあやまってからお客さんに提供しに行こうとすると、「3秒早ぇ。お客さんの口に入るときの温度を考えろ」ラーメン屋は戦場だ。カウンターをまたいだ先には非情な世界が広がっている。それでもぼくは戦い続ける。#140字小説
好奇心は人を殺す(8)
「作家とは好奇心の生き物さ。それがなければ続かない」お師匠は私にそう教えてくれた。「僕は何でも経験したよ、交通事故や自殺未遂や殺人未遂をね」お師匠は色々とやってるすごい人なんだ。私はそんなお師匠を尊敬してる。だからとめないよ。お師匠は死を経験するため屋上から飛び下りた。#140字小説
学校では何を教えているのか(9)
「把握しておりませんでした」
「我々の監督不行き届きです」
どれだけザッピングしてみても校長のハゲ頭ばかりが目につく。いじめ、体罰、セクハラ、学校ほど犯罪の温床になりそうな舞台はほかにない。大人の自己保身を見て育った子ども達が、次代の子どもたちにそれを伝えていくのだから。#140字小説
勉強する理由(10)
「勉強しなさい」お母さんはいつも私にそう言う。何でって聞くと、立派な大人になるため。そんなことしなくてもなれるよ。その当時は思ってたけど、社会人になってわかったよ。嫌いな勉強はしたくないけど、好きな勉強は大人になってもやりたいんだ。子どものときからやれば良かったってね。#140字小説