4話
「すまん、お願いだ………翼………頑張ってくれ…!!!!」
その言葉と、手を握りしめる力から、還也の気持ちが、その強さが、まるで自分が本人であるかのように伝わってくる。
あぁ、こいつはこんなにも今、怖いのか。
こんなにも、不安なのか。
それを知ると、自分が、高いところが怖い。なんていう下らないことに恐れているのが馬鹿らしく思えた。
「わかった。」
飛ぶ。
飛ぶ。
住宅街へ。
人口密集地へ。
親友の家族の元へ。
夜だというのに、肌に流れる風はじめじめと蒸し暑い。
だが、恐怖、焦り、緊張。
その全てが重なり、気持ちの悪い汗が止まらない。
蒸し暑いはずなのに、悪寒が全身を襲っている。
高いところが怖いのではない。
最悪の事態を想像してしまうから、怖いのだ。
でも
だからこそ
一心不乱に、ただ一点を目指して、飛ぶ。
たどり着くことだけを考え、飛んでゆく。
だんだん住宅街に近づくにつれ、どんな状況か鮮明にわかってくる。
まさに
地獄絵図だった。
家は瓦礫と化し、森は炎の侵食が始まっている。
辺りは黒煙や砂煙が薄らと立ち込め、空気も悪い。
「くそ………こんなのありかよ…こんなのねぇよぉぉぉぉおおおお!!!!」
その、還也の叫びを
俺は、聞いていられなかった。
────────────────────
「還也、着いたぞ!!」
住宅街の大道へ、降りてゆく。
飛ぶということよりも、降りることの方が数倍怖いと、今初めて知った。
だが急がなければならない、早く届けてやらなきゃいけない。
あと2m………1m…………50cm……
「ぐぁ!!」
グギッ…
という、骨が擦れ合うような鈍い音とともに、右足首から脳に向かって、鈍い痛みが鋭く走り抜けた。
「ぐぁぁぁああ!!」
転がり、右足首を庇いながらのたうち回る。
「還也…俺のことは良いから………先に行け……」
「翼、セリフだけ聞いたらカッコイイけど、この状況では逆に、めちゃくちゃダセェからな!?」
「うるっさい!!いいから行け!!」
ふふふ
はははは
緊張が緩んだのか、こんな状況でも、いつも通りのノリで話せることに安心したのか。あるいは両方か。
急に、可笑しくなった。
「これで、焦りと恐怖は、少し軽くなったろ?だから…行けよ。俺と話してる時間なんか本当はないんだ。早く駆けつけろ。」
すると還也は、軽く笑い。
「あぁ、ありがとう。やっぱお前、クソだせぇよ。」
そう言って、走り去っていった。
「ははっ、うっさい……」
還也の背中と、靴が地面を捉える音が、だんだん、だんだん、遠くなっていった。
寝転がりながら、すこし、考える。
どれだけ飛んでいたかわからない。
と
多分、本当は10分ほどしかかかっていないのだろう。
だが
体感は1時間を超えていた、そんな気がする。
「あ〜あ、あいつも礼儀知らずだよなぁ、自分のために頑張ってくれたやつに向かってダセェ、なんてさ………まぁ、アイツらしいけど。」
あいつはいつでもそうだ、自分を優先し、自分の思い通りにする。
そのせいで周りからは「めんどくさいやつだ」と言われている。それをあえて、わかった上で、全く直そうとしない。
そんな還也の図太い精神が、あいつの短所であり、長所なんだ。
そんなことを考えていると。
ザリッ………
コンクリートを踏みにじるような音が、頭の近くで聞こえた。
還也か?早かったんだな。
そう言おうとして、口を開けた瞬間。
ゾンッ!!!!
金属で、空気を切り裂くような、妙な音が、自分の右側を通過していった。
しかも
右肩が熱い。
血を止めた時のように、沸騰するかのごとく、熱い。
少し、考える。
はっ。と、気づく。
ソシテ
右を、みル。
目に移ったものは。
赤。
赤。赤。赤。赤。
赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤赤紅赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤紅赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤紅赤朱赤赤赤赤赤紅赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤紅赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤朱赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤赤紅赤赤赤赤赤。
血。
まっカな。
けつえき。
音 の
元
へ 、
目
を 運
ぶ。
そこにあったのは、
クロく光る、玉。
白イ、みカづキ。
〰/──────────────────
黒く光る玉→目
白く光る三日月→にやりと微笑んだ歯の見えた口
という表現なのですが………わかりずらいですかね…?