サイボーグ・フラワー
※本稿は架空のインタビュー記事という形式をとっています。
その点にご留意の上、お読み頂いた方がいいかも知れません。
――早速ですが、現在の状況についての所感をお教え下さい。
「まず、事件に関しては、憤りを覚えるとともに、競技者・非競技者、サイボーグ・健常者の区別なく、改めて亡くなられた方の冥福をお祈りします。関連しておきた事故も含めてこれだけの犠牲者が出たことに対して、協会としても全力を挙げて、再発防止に協力して行きたいと考えています」
――事件によるサイボーグ・スポーツに関する影響について、どうお考えでしょうか。
「今回の事件・事故のように危険で違法性の強い改造を受けたサイボーグ機械を用いる種目は、少なくとも国内サイバスロン委員会で競技記録が保存されている中には存在しません。当協会としては、日本医療機器産業連合会(JFMDA)や日本障がい者スポーツ協会(JPSA)と連携して、競技用サイボーグ装置の安全性を強く主張するものです。もっとも、サイボーグ競技協会には個別の各サイボーグ競技の協会へこうするべきだと指示するような権限などはありませんので、最終的には各競技協会の自主的決定に委ねざるを得ませんが。
今回起きてしまった事件は悲劇ではありますが、しかしこれは何ら、健常者とサイボーグ装置使用者の間の結束を揺るがすものではありません。サイボーグ装置の使用の有無にかかわらず、全てのスポーツとその競技者は、今までと変わらず、スポーツを楽しみ、己を高める権利を持っています」
――サイボーグ装置使用者に医療再生を義務付ける法案を作ろうという運動があることはご存知かと思います。
「選択肢が増えるのは歓迎すべきことと思いますが、既に何十年も装置を使用し続けている人、サイボーグ競技者としての己にアイデンティティを見出した人も大勢います。彼らの希望を無視した措置を取るようなことがもし万が一あるとすれば、それはサイボーグ競技協会として極めて強く反対するものです。
特にBCI部門の競技は全て、侵襲式(※編注:体内に外科手術によって装置を設置、肉体と連動させる形式)と内構築式(※編注:mm単位以下のマイクロマシンを用いて、数週間から数ヶ月、時には年単位で徐々に体内にインターフェイスを構築する形式)が競技者の使用装置の大半を占めています。
彼らの日常生活での感覚入力の補助となっている機器も多いのですから、そうした人々を蔑ろにするのは、近視眼者から眼鏡を奪って視力回復手術を受けろと強制するようなものです。
そもそも、今回事件を起こしたのは脳内に侵襲式手術を受けた使用者でしたが、これは更に違法な改造用の機器とマルウェアとを入手し、自分の機器の認証を悪用してセキュリティを突破し、そして今回の事件へと繋がったわけです。
言うまでもありませんが、大半のサイボーグ競技者は健常者同様、このような行為を遂げるような要素を持ってはいません。例え持っていたとしても、それを意思や医療機関の措置で問題なく抑制しているのです。
再発防止に関しては、サイボーグ使用者と装置そのものではなく、伝統的なインターネット教育と、サイボーグ装置メーカーと連携してのインターネット・セキュリティを強化する、そうして対策するべき側面が強い。もちろん、我々サイボーグ競技者が己を戒め自律し、間接的にもこのような出来事の原因とならないよう努めてゆくのは、大前提としての話ですが」
――今回マルウェアによって暴走したサイボーグラップル(Cyborgrappling)の競技者が事故で多くの死傷者を発生させてしまいましたが、全身の動力機械化などを伴う、いわゆる「エクストリーム」と呼ばれる競技について、どう思われますか?
「サイボーグラップルには昨年から大型重機をインターフェイスとした1000kw級が新設され、BCI部門に並ぶ熱狂的な人気を呼ぶ競技としてスタートしました。
エクストリームの人気に迎合したとの批判もありましたが、確かに300tを超える巨大な人型の重機が至近距離での肉弾戦を行うのは非常に好評で、前回大会でサイバスロン実行委に入った放映局とスポンサーからの収益は五割を超える増収となりました。
ただ、これでアバターを使用したシューターゲーム同様の実弾射撃を使った戦闘を再現しようとしてしまった危険な試みに、今回の事件が重なって起きてしまったことが悔やまれます。重機に装甲として増設した足場用の鉄板が貫通できないからといって、火薬を減らしただけの本物の弾丸が人間に向けて撒き散らされればどうなるか。
私は現地からのストリーミング動画は見られていませんが、それでも凄惨極まる状況であったのは、ニュース映像からだけでも容易に想像がつきました。
サイボーグ競技に関わる全ての団体が協議を重ねつつ、こうした悲劇が起こらないよう、大型重機への接続などについて、我々の側でも規則を厳重にしていかねばなりません。これに関しては法規制は免れませんし、そうであるべきです」
――サイバスロン2065への展望についてはどうでしょうか?
「特定の反対運動があることは承知しています。今回の事件で、その主張に裏付けを得たと考えた人々が、サイボーグ手術の反対を主張することも、これまで通り、あるかも知れません。
ですが、誤解を恐れずに言えば大半は、サイボーグ競技者を未だに二百五十年前のフランケンシュタインの怪物と変わらない存在と見做している人々です。彼らの誤解をとくための運動やその支援もサイボーグ競技協会の役割ではありますが、少なくとも500に迫る種目と3000人を超える参加者、そして彼らを支える関係者の、競技に掛ける意気込みに対して妨害を行う権利はありません。あくまで従来同様、彼らには警備・警察関係者が許可する範囲内で活動して頂くことでしょう。それはこれからも、サイボーグ競技とそれを愛する人々がいる限り、変わることはありません。
何より、2016年の第1回大会からちょうど50回目となる記念すべき大会です。半世紀の歴史を持つ世界最大最古のサイボーグ装置使用者の競技会なのですから、これはサイボーグ競技者だけでなく、サイボーグ装置を使用する人々と、製造メーカーなども含めた全ての関係者にとっての、記念すべき出来事となるはずです」
――最後になりますが、読者の方に向けてメッセージ等ありましたらお願いいたします。
「サイボーグ競技の世界は、決して自ら望んで踏み入るものではないかも知れません。ですが、ここには何かを与えられなかった、あるいは奪われた境遇にあってもなお、それを科学の助けで乗り越えた人々の情熱が、健常者にも負けずに咲き続けています。あなたがサイボーグ装置を使用していようといなくとも、これを見て何らかの良さを感じ取って頂けるのであれば、これに勝る喜びはありません。
どうか、サイボーグ競技者に、そして来るべきサイボーグ競技の祭典サイバスロン2065に、温かいご声援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます」
――本日はお忙しい中お時間を頂き、まことにありがとうございました。
以上は、2065年2月に行われた、日本の通信社によるインタビューである。
この一ヶ月前に脳機能補助型の装置を侵襲手術によって設置したサイボーグ競技者ミラー・ハンツァ(ブレイン・コンピュータ・インターフェイス部門、擬似馬上槍試合を筆頭に合計7種目の選手を兼務)が違法に入手したマルウェアをネットワークにアップロード。
これによって、24時間以内に確認できた限りで7万を超えるサイボーグ機器が感染し、そのうち生命維持に必要な装置が停止・あるいは暴走し、医療機関の到着が間に合わないなどして全世界で325名のサイボーグ装置使用者が死亡している。その中で、サイバスロン出場予定者もインドで2名、アメリカ、ブラジル、ハイチで1名ずつ死亡している。
サイバー犯罪としても、サイボーグを対象とした犯罪としても、過去最悪の規模となったこの事件は、それに連鎖して幾つもの事故を引き起こした。
特に有名で重大なものが、アメリカ合衆国のアルテアロッジの事故である。
当時現地では州軍の立会いで行われた1000kw級の装甲化重機による弱装弾を用いた射撃戦闘がエクストリーム・サイボーグ・スポーツの体裁で行われようとしていたが、使用されていた重機がマルウェアに感染し暴走、州軍の攻撃を受けて二台ともが破壊される。最終的に重機に生体接続を行っていたパイロット2名と州兵も含めて96名が死亡、200名が重軽傷を負い、こちらも物理的なサイボーグ事故による死傷者数としては過去最悪となった。
いずれも50回目の開催にして最初の開催地チューリッヒで再び執り行われる予定のサイバスロンが、半年後の開催に備えて準備を進めている最中の出来事だった。
また、反機械化主義者による反対集会などもあったが、サイバスロン2065は無事に二週間の全日程を終え、五十年の歴史から更なる一歩を踏み出している。
再生医療がますます進歩する中、サイボーグ技術は次第に縮小していくと考えられているが、それまでは、この機械で補強された情熱の花は美しく咲き続けていることだろう。
※本稿は架空のインタビュー記事という形式をとっていますが、2016年にチューリヒで開催されるサイバスロンや、日本障がい者スポーツ協会、日本医療機器産業連合会などは実在する団体組織の名称です。
特にサイバスロン(CYBATHLON)については興味深い催しですので、興味のある方は是非調べてみてください。
現実には医療の未来がどうなるか分かりませんが、サイボーグ競技は2年後に実現するというのが、何だかすごい話だと思う訳です。