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即興短編集  作者: 花ゆき
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綺麗な魔物

【綺麗な魔物】

歌で惑わせる魔物が今回のオークションの目玉だという噂を聞いた。コレクターである男は期待を胸にオークションに参加する。実際出てきたのは、ひょろりとした魔物だった。失望して帰ろうとしたところ、その魔物の歌声に心を揺さぶられ――。


お題:綺麗な魔物

 歌で惑わせる魔物が今回のオークションの目玉だという噂を聞いた。それを聞いて、コレクターを自負している俺が参加しないわけがない。きっと、その魔物はローレライではないだろうか。ローレライは希少価値が高いから、必ず落札したいところだ。周囲のうわさ話でも、同じように考えているのが分かる。皆、目玉の魔物が出てくるのを今か今かと待っていた。そして、一番最後に本日の目玉が出てきた。


 手枷足枷をはめられた魔物はひょろりとした手足を動かして、ステージに出てきた。ローレライではないのか……? 俺と似たような姿形をしているが、あの魔物の方が脆そうだ。見たこともない短いスカートと、薄い衣服を身にまとっていた。魔物は何かを話して、必死に訴えている。本格的にローレライではないと分かり、落胆する。期待をして損した。同じように思った客が、次々と退室していく。そんな自分も、時間の無駄だと退室しようとした時のことだった。


 彼女が歌った。何の歌か分からなかった。ただ、故郷を思うような哀愁に満ちた歌に、立ち去ろうとした者達が振り返る。なんだ、この魔物は。ローレライではないが、どうにも心を揺さぶられる。俺は思わず、用意していた有り金全部で彼女を落札した。



 勢いのままに落札した魔物は、やはり脆いようだ。この前なんて屋敷を案内しようと手を掴めば、顔をしかめ、何やら喚いた。表情から、痛いと怒っているようだ。俺からすると普通に触っているのだが、この魔物にはもう少し力加減が必要らしい。手首に手の跡ができてしまった。悪いことをしたと思い撫でると、爪先があたって皮膚が切れる。こんなことで切れてしまうのか。脆すぎる。治療をしなければと思っていると、皮膚から赤い血がのぞいた。思わず反射的に喉が鳴る。血は俺からすれば食材だ。唇を寄せ、舐めとってみた。おいしい。もっとほしくなって、舌先で傷口をいじる。魔物の苦痛をうったえる声とともに、血が再び滲む。その血を十分味わって、治癒効果のある唾液をたっぷりつけて、傷口を癒やした。この魔物は利用価値があるようだ。いい拾いものをした。



 ****



 ここがどこか認めたくなかった。いつの間にか迷いこんでいた“ここ”は、私たちとは違った怪物ばかりいる。私と同じような人は見たことがない。だから、私は珍しがられているようだった。早く夢から覚めてほしい。夢から覚めれば、きっといつものように家のベッドの上だと、何度も自分に言い聞かせた。けれど、何回起きてもこの異世界のままだった。夢ではなかった。そう考えているうちに、私はいつの間にか奴隷商の売り物になっていた。どうやら、私は目玉商品として売り出されるらしい。オークションのステージに引きずり出された。何か話せと指示されたので、私はこの会場に同胞がいないか呼びかけてみた。


「私は高校2年、山吹 楓です。日本の東京という地名を知っていませんか!? どうか、誰か助けてください!」


 必死に訴えても、誰にも伝わらないようだった。言語の壁は高い。それはこれまでに分かっていたことだが、訴えずにはいられなかった。手枷に繋がる鎖が引っ張られる。歌えという合図だ。


 私は故郷の情景を浮かべて、故郷の歌を歌った。そんな私を、私と似たような人型の魔物が落札した。魔物は動物型しか見たことがなかったので、びっくりした。彼は男性でありながら、きれいな魔物だと思った。



 引き取られて分かったことがある。彼は乱暴だ。力加減がどうにもできないらしく、手をつかまれるだけで手首が赤くなった。私が痛かったのが分かったらしく、撫でてくれた。しかし、彼の爪先がかすって皮膚が切れてしまう。まったく、この男は。どうせ言葉は通じないのだ。ののしってやろうと見上げれば、彼の雰囲気が変わった。濡れた瞳で私の血を見ている。続いて、ごくりと喉をならした。彼は魔物だ。血で荒ぶって、私を惨たらしく殺したとしても不思議はない。手は掴まれていて、逃げられない。


 覚悟して瞳を閉じると、彼は血をすすっていた。血なんて吸っても何にもならないだろうと思うのに、血を吸うことで男の存在感が増した。彼の目が赤く光って怪しい。牙が口からのぞくのが見えた。舌で傷口を何度も往復させて、もっととねだっているようだ。とうとう、えぐるようになぞられた。再び滲んだ血を、彼は息荒くすする。まさか、彼は吸血鬼というやつではないだろうか。



 あれから、私の血がお気に召したらしく、毎日血を吸われている。いつ血の吸われすぎで殺されてもおかしくない恐怖から逃げたことがある。その結果、この屋敷の外はもう出ないと決めた。外の方が怖かったのだ。そんな私がくじけて帰ってくるのを、彼はニヤニヤしながら待っていた。性格が悪いと思う。


 彼は私の血に一工夫を加えたいらしく、最近はくすぐりながら血を吸っている。あれだ、私たちが塩胡椒をかけて食べるようなものみたい。けれど、くすぐられる私はたまったものじゃない。あと、私が食べるものも管理されている。本当、私食料扱いだよね。


 ドアの向こうに足音が近づいてきた。彼だ。今日は何をしかけられるだろう。故郷から離れた不安を忘れ、いつの間にか彼と会うのを楽しみにしている自分がいた。


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