悪魔書店
「悪魔の呼び出し方を知りませんか?」
悪魔書店に十代後半の坊やが来た。
書き出し.meに投稿した小説に加筆をしています。
本日二回目の投稿です。
「悪魔の呼び出し方を知りませんか?」
悪魔書店に十代後半の坊やが来た。彼は店主である私を見て、そう言った。坊やは貴族だろうか。帯剣をしていて、身なりがいい。家の者達が彼に人間のどす黒い部分を見せてこなかったのだろう。彼の目は酷く澄んでいた。
「さぁて……知らないねぇ」
「人の心を操る悪魔と契約したい」
坊やは切羽詰まっているかのように、私に詰め寄った。
「おやおや、坊や。淑女にはみだりに近づくものじゃないと教わらなかったのかい? それとも、私の体に用があるのかな」
彼をからかうように胸を近づけると、彼は動揺したように後退り、しきりに咳をした。まったく初な坊やだ。
「冗談さ。人の心を操る悪魔と言ったが、どういう風にだい? 金欲かい? 肉欲かい? 食欲かい? それとも、恋かい?」
一番最後で彼の目が泳いだ。まったく、この子は悪魔との契約に向かないね。こんなに感情が読まれやすいと、悪魔につけ入られることになる。
「はいはい、恋だね。で、どの程度の悪魔を呼ぶつもりだい? 視線を合わせる? 手を握る? キスをする? それともその先かい? 永久的な心変わりになると強力な代償が必要だよ」
「永久的な心変わりを」
「なるほどねぇ。どんなお嬢さんに惚れ込んだのやら。もう少し話を聞かせてもらえるかい」
恋に関する悪魔だと、三列目の棚になるね。そしてその力の強さによって本の分厚さ、長さが変わる。契約するためにはまず、対応する悪魔の本をすべて読みきらなければならない。その上で対価を支払い、契約は成される。
「一番上の兄上が死んだ」
「そりゃあ、辛かったろうね」
「あぁ。だが、兄上の婚約者である彼女の方が嘆きは深いだろう。見ていられないんだ」
「へぇ。それでお前さんはその婚約者が好きなのかい」
「そうだ。だが、彼女は兄上を思い続けると決め、修道院に入ると言っている。これを止めたいんだ」
お綺麗な言葉ばかり並べてるねぇ、この坊やは。違うだろう? もっと自分をさらけ出しておくれ。
「坊や。そんな上っ面のことばかり言ってないで、本音を話せばいい。お前さんは兄の女を奪いたいんだ。死して心を独り占めする男の存在が許せないんだ。兄が死んだ時、お前は心のどこかでほっとしなかったか? 修道院にくらい入らせたらいいじゃないか。それを止めたいのは、坊やと結婚できなくなるという利己的な感情からだろう?」
「やめろ……」
彼の澄んだ瞳が濁り始める。人間は感情豊かで、誰しも暗い感情をもっている。この坊やも変わらない。だから私は人間が好きだ。人間を観察したり、時にからかいたくて、私は店主をしている。とりわけ、この坊やは気に入ったね。表面上は綺麗に取り繕っておきながら、なかなかおもしろい感情をもっているじゃないか。
「私は悪魔店主グリムウェル。坊やのことが気に入った。私が坊やの望みを叶えてあげよう」
「そうか。叶えてくれるのか! 私の名前はアインハルト・シ」
彼の言葉を遮るように、グリムウェルについて書かれた本を積み重ねていく。五十冊にもなった。彼はどうして言葉を遮ったのか分からず、困惑したような、憤りを感じさせる顔をしていた。ここで怒りすら感じるのは、やはり育ちがいいからだね。
「契約者が契約する悪魔の名前を一言一句違えずに覚えることは重要だ。そして、逆に悪魔に契約者の名前を全て知られると立場は逆転する。坊やが私の奴隷になりたいのならかまわないさ。名前、フルネームで言うかい?」
「……もういい。アインハルトと呼んでくれ」
「分かったよ、坊や。坊やの願いを叶えるにはこの本を全て読んでもらわなければいけない。次に対価だね。坊やの大事にしているものを支払ってもらう。例えば清い体」
「坊や坊やと煩いぞ。か、体だと……!?」
「それが嫌なら、貴族の証たる髪を耳の下あたりからもらって、感情を失うというのはどうだい」
貴族は髪を伸ばす風習がある。その髪を切ってしまえば、伸びるまでは周囲の笑いものになる。坊やはどうするのかな。いや、どちらを選ぶか検討はつく。坊やはきっと――。
「髪と表情を代償とする」
「決まりだね。代償はこの場でいただくよ。坊やが本を全て読みきった時が契約執行日だ。早く叶えたいのなら、急いで読むことだね」
彼は分かっているというように静かに頷いた。私はそんな彼から髪を奪い、表情も奪った。坊や、もう後戻りは出来ないよ。
「それでは、本日の営業は終わりとさせていただきます」
数日後、坊やから呼び出しの気配があった。煙が体に絡みつき、気がつけば坊やの眼前にいた。坊やが腕を組んで、威圧感たっぷりに私を見た。どうやら、坊やは機嫌が悪いようだ。
「どういうことだ」
「さて、私は神様じゃないんでね。何のことか言わなければ分からないさ」
「二番目の兄が死んだ」
「おやおや、不幸は続くね」
坊やは苛立ったように机を叩いた。
「しらを切るな! 代わりに一番目の兄が生きていることになっていた。だが、私には分かる。あれはニ番目の兄だ。ニ番目の兄は一番目の兄に成り代わったのだな。お前、知っていたのだろう」
あぁ、そんなことで怒っているのか。
「坊やはすでに私の契約者だ。偽りを暴く目になっているから、気づくのも容易いだろう。お兄さんは坊やよりも数刻前に来たよ。そして他の悪魔と契約していった」
「私が滑稽だったろうな」
「おや? 私は階級もそれなりの悪魔だよ。生前も、悪魔になった今も罪を重ねたからね。それに対し、坊やのお兄さんがもっていった本は三十冊あまりの悪魔だ。坊やさえ読み切れば契約によって覆せる」
「またそうやって私で遊ぶのか」
分かっているじゃないか。弄ぶのが悪魔の本質さ。
「そう、私は坊やを気に入ったからね。今、坊やは実にいい顔をしているよ。彼女は悪夢が夢となって、幸せそうにしているのだろう? それを自分が壊してもいいのか。しかし、彼女と結ばれたい。ふふふ、坊やはどう決断するのかな」
「……分からない」
「じっくり考えるといいさ。まだ契約執行までページはあるのだから。それでは、本日の出張は終わりとさせていただきます」
再び、坊やから呼び出しがあった。坊やは本を読み切ったらしい。目の下に隈が出来ている。そして、苦悩の跡が分かるほどにやつれていた。
「坊や、望みはなんだい」
「契約破棄だ」
「おやおや」
当初と望みが違うじゃないか。これだから人間は実にいい。さて、何を考えてそう決断したか、聞こうじゃないか。
「理由はなんだい」
「彼女は偽りの生活を幸せそうに過ごしている。僕にはそれを壊すことはできない」
お綺麗な坊やだね。私の前でもそれを貫けるかな。
「初めて店に来た時の覚悟はどうしたんだい? 代償は払ってるんだ。坊やの望むことは全て叶う。追加の代償をもらえば、当初の願い以上のことも、なんだって出来る」
坊やの穢れなき体を胸から腹までなぞると、彼は手を払った。カァッと顔を赤らめ、私を睨みつけている。
「幸せになりたくないのかい? 坊やは代償を払ってるのに」
「いいんだ。もう決めたことだから」
ふいに、表情を失った坊やがどんな顔をしているか知りたくなった。どうせ契約は成立しない。呼び出した代償だけもらうことにして、もらっていた表情を返す。すると坊やは覚悟を決めた顔をしていた。後悔もしていないようだ。人間はつくづくおもしろい。
「少年、呼びだした代償だけいただいてくよ」
無防備な少年の唇を奪う。少年は目がこぼれ落ちそうなほど、びっくりしていた。
「私は少年が気に入った。また何かあったら、力になるから店においで」
少年の頬を一撫でして、煙に包まれて帰った。彼女が帰ってから、彼は呟いた。
「少年……? 坊やじゃなくて?」
それから彼は平和な日々を送ったのかと思えば違う。予想外のことがあったのだ。それは少年が領地の勉強をしている後ろにあった。妖艶な女が彼の座る椅子にもたれかかって、クスクスと笑っているのだ。
「どうしてここにいるんだ!」
「言ったじゃないか、少年を気に入ったと。私はこれでも一途だよ?」
「えっ!?」
「これからも私を楽しませておくれ」
「……だよな」
少年には悪魔の愛し方など分からないだろう。少年、これからも楽しみにしているよ。




