せめて、高く買ってあげましょう、貴方の魂
疎まれている姫に「せめて、高く買ってあげましょう、貴方の魂」と囁く者がいた。
書き出し.meに重複投稿しています。
「せめて、高く買ってあげましょう、貴方の魂」
「見返りは何」
「ただ、貴方のままでいてください」
「……この王宮で私に味方するものはいないわ。私は不気味な子扱いよ」
「破壊の右手が原因でしょう? それで触れられた者は死を迎える」
姫君は包帯で巻いた右手を背に隠して、毅然と前を向いた。眼前にいるのは陰湿な男だ。隙など見せられない。それを見透かした男は、仮面の下で目を愉快そうに歪める。仮面は鼻から上が見えないようになっていた。僅かに見える口元が整っており、男はさぞ美形なのだろうと想像がたやすい。
「貴方はその破壊の右手で母を殺した。そして乳母も。父である王に疎まれ、侍女は貴方に近づきたがらず、兄弟には怯えられた。兵士には化け物のような目で見られたのでしょう? そして先刻、貴方は国境に行けと言われた。その破壊の右手を役立ててこいと。それはつまり――」
「やめて! ……言わなくても分かってるわ」
この男の言葉は毒だ。耳にねっとりと絡みついて、体が毒されていく。震える姿が愉快なのだろう。男は口を歪めた。あぁ、ダメ。男が口を開くのを見て、耳を塞ごうとする。しかしそれは間に合わず、男は言ってしまった。
「王に死んで来いと言われたんですよね」
そうだ。だから私は絶望していた。それをわざわざ、私の傷をえぐるためにこの男は掘り返したのだ。
「あぁ、貴方のその絶望に染まった瞳。たまりません。これまで母や乳母に育てられた僅かな光の記憶を頼りに生きてきたのでしょう? だからこそ、貴方は深く絶望する。兄弟と己の待遇を比べて絶望する。実にいい」
この男の深い狂気にあてられて、私は逃げようと踏み出す。しかし、左手が掴まれて動けなかった。
「貴方は絶望する様を私に見せるだけでいい。王の駒になどならず、私のものになりなさい。死なずにすみますよ」
「それで私を買うと言うのね。ふざけないで」
男は楽しそうに体を曲げてクククと笑う。仮面から覗く口元と目は三日月を描いていた。
「それでは私を煽るだけですよ。はぁ、貴方は実にいい。気に入りました。貴方の魂を買います。ですから貴方は私に絶望を見せなさい」
「私に何の利益があるのよ」
「おや? 毒が効かない体に疑問をもったことは?」
ある。毒をもられることなど日常茶飯事だ。しかし、私には毒が効かない。それは今までの毒をもられた経験から耐性が出来たと思っていた。それを急に言われたということは。嫌な予感がする。
「貴方は毒が効かない体にさせていただきました。ですから、私が望んでもいいでしょう?」
「勝手にっ」
男は左胸の上に手を添える。
「ここにホクロがあったでしょう? それはホクロじゃないんですよ。わたしが目をつけた印です」
触られた場所が熱く熱をもつ。男は満足そうに、熱をもった場所を眺めていた。黒い薔薇が咲き誇っていた。
「これからも楽しませてくださいね」
男の笑みに体が薄ら寒くなった。私はとんでもないものに目をつけられたらしい。




