後ろポケットにアルパカぶらり
【後ろポケットにアルパカぶらり】
飲み会に誘われて行ったら、合コンだった。ひたすら飲み食いしていると、存在感を消していた同士に声をかけられる。彼も数合わせで誘われたらしい。
お題:アルパカの検察官
同性の先輩に飲み会に誘われました。が、開始して5分。私はもう帰りたくなっている。先輩、これ飲み会じゃなくて合コンじゃないですか。恨めしい思いで先輩を見ると、ごめんねと両手を合わせてウィンクされた。突然ですが、先輩はキレイ系美人です。そんな彼女にウィンクされたら、まぁいいかと思っちゃうから先輩ってすごい。なので、私だけは飲んで、食べまくろうと方針を決めた。
「生中一つお持ちしました」
「はい、こっちです」
ビールをくいっと飲む。この苦味がたまんないな。枝豆にも手を伸ばして、胃袋が満たされていく。ふと、隣で存在感を消していた男が口を開いた。
「あんたも人数合わせで呼ばれた口か?」
「あはは、実はそうです」
「だろうな。あんたほど飲んで食ってるヤツ、他にいねぇし」
「飲み会って聞いてたので。あ、なんか頼みます?」
男にメニューを渡す。その際にさりげなく彼を観察した。清潔感ある短髪の男で、眉は意志が強そうだとうかがえる。メガネの奥の瞳は鋭利な印象だった。男はスーツを着ているのだが、シャツから覗く手首や首筋がいいなと思ってしまった。そして気づく。腰の後ろポケットから大きなものが出ていた。
「あのー……」
「何だ。まだ決まってない。もう少し時間くれ」 「えっと、後ろポケットから出てますけど。アルパカが」
バッと顔を上げた彼は酷く赤面していた。そして、慌てふためいて腰のポケットからはみ出ていたアルパカのストラップをポケットに押しこむ。ポケットがモコモコしているが、無事アルパカはしまわれた。
「アルパカ、好きなんですか?」
「……好きで悪いか」
「いえいえ! 私も好きですよ。モコモコしてて、可愛いですよね。目もつぶらですし」
「だよな! お前分かるやつだな。前◯◯牧場行ってアルパカに会ってきたんだが、あれはいいな。癒される」
キラキラした顔で語りだす貴方にこそ、癒される私がいた。彼は話しだすと止まらなくなるタイプらしく、相槌を打ちながら彼の表情の変化を楽しむ。そういえば、さっきまでポケットからアルパカがはみ出ていたということは、外を歩くときも、もしかすると仕事中も出ていたのかもしれない。アルパカの話以外は無表情な彼のことだ。きっと視線が突き刺さっていても、何だろうとしか思っていなかったに違いない。あの愛らしいアルパカのストラップが、 彼の後ろポケットで揺れるのを想像したら笑えてきた。
「そういえば、お仕事は何ですか?」
「検察官だ」
「そ、そうなんですか。今日は視線をいつもより感じませんでした?」
「……そういえば……、っ!? まさか、俺はずっと……」
彼は赤面したり、顔を青くして震えたり忙しい。とうとうメニューで顔を隠すようになっ た。なんだか、この人のことをもっと知りたいと思うようになった。
「あなたのお名前、聞いてもいいですか?」
「お前、さっきみんな紹介した時の覚えてない のか」
「あの時は飲み会と思っていたショックで頭が真っ白でしたから。おしえていただけないと、 アルパカの検察官とよびますよ?」
「ははは、それも悪くないな。俺は南 健司だ」
それがきっかけとなって、今も彼と会うようになった。隣を歩く時、私はある場所をチェックする。右の後ろポケットから、アルパカが揺れていた。可愛い人。どうやら、今日もアルパカの検察官は健在だ。