君の涙を僕に下さい
今日の書き出し/締めの一文 【 君の涙を僕に下さい 】 http://shindanmaker.com/231854
幼なじみのために身をひいた彼女は、人知れず涙を流す。そんな彼女を抱きしめる男がいた。
突然腕を引っ張られて、顔をシャツに押しつけられた。人知れず流していた涙が、シャツに染み込んでいく。彼の腕から離れなければと思ったが、背中に回った手がそうさせてくれなかった。
「今離れたら、先輩が泣いてるのバレますよ」
その言葉に、体から力が抜けていく。私はもう疲れてしまったのだ。それを後輩である彼に見られてしまったのは、想定外だったけれど。
「私はうまくやったかな」
「ええ。先輩がうまく危機感をもたせたおかげで、二人はくっつきましたよ。彼女の背中も押してあげたんでしょう?」
馬鹿だな、と声ににじみ出ていた。
「うるさい。啓太との関係を終わらせるくらいなら、こんな痛みなんてどうってことない」
歯を食いしばっているのに、涙ばかりこぼれる。幼なじみでいればいつかは、なんて甘い夢を見ていたツケがきたのだろう。啓太の恋のキューピッドなんて、本当道化だと思う。啓太がキラキラしていたから、私は自分の恋を殺した。幼なじみとしてずっと一緒にいたから、……ずっと好きだったから、二人が告白するだろう場面は見られなかった。
「ああ、もう。いつまであんな鈍感な最低男のために泣いてるんですか。さっさと泣きやんでくださいよ」
「う、うるさい! 啓太は鈍感だけど、最低なんかじゃない!」
「最低ですよ。あなたの苦しみを知らないんですから」
「知らなくていい」
はぁ、とため息が聞こえた。
「むかつく」
感情をあらわにした声を聞くのは珍しくて、思わず彼を見た。
「まったく、泣きはらした酷い顔ですね。泣くだろう先輩を慰めてあわよくばと思ってましたが、実際に体験すると啓太先輩を殴りに行きたくなるし、そんな鈍感男のために泣く先輩にイライラして仕方ない」
「じゃあ、放っておけば!」
「また必要もないのに意地をはる」
思わず生意気な後輩を睨む。だからこの子には弱みを知られたくなかったんだ。
「一人でいたくないのに、大丈夫って言うタイプですよね。もう、あんな男のために泣いてるの見てられないんですよ。むしろ、俺のために泣いてください」
「はぁ!?」
何だ、その理不尽。まったくこいつは、とあきれていた。だから、いつになく顔の距離が近いことなんて忘れていたし、異性の腕の中にいることも忘れていた。唇に柔らかい何かが触れるまでは。その何かは触れるだけでは飽きたらず、舌で唇を舐めた。男の前で、盛大に油断していたのだ。
「離して!」
殴ろうとしても、リーチの差で止められる。離れようとしても、捕まえられたままだ。悔しい。行き場のない怒りが目に膜を作る。
「初めてのキスだったのに……。殴らせてよ」
「あぁ、その涙の方がよっぽどいい」
彼を殴ろうとした握り拳から、力が抜けた。こんなことのために、ワザとキスをしたの? 未練たらしく初恋を引きずる私のために? いや、何にせよ初めてのキスを奪った罪は重い。殴るしかない。それなのに彼は嬉しそうに笑っている。怒りからこぼれる滴を、彼の指が拭う。
「君の涙を僕に下さい」




