歪んだ女
【歪んだ女】
クラウドは暗殺者だ。そんな自分に憧れて、暗殺者になった女がいる。ある日、その女はとある人を殺して、「クラウド様、褒めてくださいますか?」と言った。その人物はクラウドと関わりの深い人物で――。
お題:元気な模倣犯 必須要素:義眼
「クラウド様! どうですか、どうですか?」
尊敬の眼差しで自分に駆け寄る女がいる。手に持っていた血塗れのナイフから、殺しをしてきたのだと分かった。彼女は緋色の爛々と輝く目をした、自称弟子だ。俺が以前おこした殺人を、芸術的だと感激したらしい。いつからか、闇に紛れていた俺の後ろをついてまわるようになった。そして、殺しの度に今のはどうかと聞いてくるのだから、あきれるしかない。
「あー、いいんじゃねぇの」
「もう! クラウド様ったら適当なんですから! でもその卓越した暗殺術に追い付くには、どうすればいいんでしょうか? クラウド様のように義眼になれば、何か分かりますかね」
自らの眼を、たかが憧れのために差し出すというのか。この女はイカれてる。この義眼をはめた右目が未だに疼くというのに、まったく無邪気なものだ。そして、俺が失った目を求めて人探しをしているだなんて、この女は知りもしないだろう。
「自分の目は大事にしろ。綺麗な目、してるだろ」
「まさかクラウド様に褒めてもらえるだなんて思いませんでした。でも私が義眼になれば、クラウド様は自分のせいだと責めるでしょう? 私が記憶に刻みつけられるでしょう? それなら、私は決して不幸なんかじゃないです」
緋色の目を細めて笑う彼女から、薄暗い闇を感じた。
「クラウド様、褒めてくださいますか?」
「っ……な……、お前は、何を」
「うふふ。クラウド様の目を傷つけた女を、こうして殺しました」
首を横に切るような動作をして、なんでもないことのように話す。彼女の目は闇の中でも不気味に緋色に輝く。思わず身体が震えた。この女は何だ? 俺が到底殺すことのできなかった師匠を、殺したのだ。卒業試験の日に、俺は目を失った。師匠を殺すことが俺の卒業試験だったのだ。今も殺せていない俺は、未だに殺し屋の見習いだと思っていた。その俺を形成していた師匠を、彼女は簡単に殺してしまったのだ。俺の獲物だったのに。
「クラウド様は鏡を見る度にこの女を思い出します。目が疼く度に、この女を探さなきゃと思っていたのでしょう? そんなのイヤですよ。クラウド様は孤高の暗殺者でなければダメなんです。だから、私がクラウド様の障害を取り除きました」
怒りのままに、彼女を切り捨てたくなった。しかし、そうすれば彼女は喜ぶだろう。尊敬するクラウド様の手にかかることができたのだと、歓喜に震えながら息絶える彼女を容易に想像できる。そんなのはごめんだった。俺は、世間が彼女のことを『第二のクラウド』と呼び始めたことを危惧していなかった、俺のせいだ。これほどまでに力をつけているだなんて、俺の誤算だったのだ。俺に憧れて、この世界に入ったと言っていた。それが今や、とうに俺を超えているだなんて。
「クラウド様、次は私と追いかけっこしましょうよ。この人がもっていたクラウド様の目はここにあります。私を殺すことができた時に、お返ししますね」
そう言って笑う彼女に、月の光がさす。どんな顔をしているのだろうと思っていたが、彼女は綺麗に笑っていた。狂気と憧れ、憎しみと恋情の入り混じった緋色の目で、俺を見ていた。俺はその感情を知りもしなかった。ただの暗殺術に憧れた女とだけ思っていたのに、違ったのだ。彼女は俺の揺らいだ目を見て、満足そうに目を細めて闇に紛れた。
「今から始めですよ」
また、振り出しに戻った。