叶わない恋ほど
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「叶わない恋ほど、きれいなものはないよ」
「ふぅん? 随分な懐古主義ね。今日はあなたの恋の話?」
「いやぁ、こんなおじさんの話を聞いても楽しくないだろうに君は変わってるね」
煉瓦造りの大通りから小道にそれたところに、住宅街がある。花の鉢植えの向こうに窓があり、色白い少女が窓から顔を覗かせている。彼女はベッドに腰掛けていた。その反対側にはくたびれたコートとへしゃげた帽子をかぶった、無精髭の残る壮年の男性が窓辺に肘をついていた。
「ほら、早くお話しして。おじさんが来るのをいつも楽しみにしているんだから」
「そうかそうか。嬉しいねぇ。君に胸がもっとあれば恋でも始まっただろうに」
「あら。私は恋する相手が決まっているの。ごめんなさいね」
軽快なやりとりは二人の距離感を思わせる。ふいに、少女が堪えきれないというように笑いを零した。
「ふふ、私が普通に外を歩けたら、こんなやりとりもあったのかしら。おじさんが私に楽しみを教えてくれたのね。ありがとう」
「まったく、君の笑顔は眩しくて敵わない。だからかな。君にはきれいな恋なんてしなくていいから、幸せになってほしい」
彼が少女を撫でる右手には流行りからはずれた指輪があった。指輪の手入れがされなくなって何年か経っているらしい。
「その指輪は恋人とのものかしら?」
「かって駆け落ちの約束をした相手さ。俺自身溺れて、自惚れていたんだろう。彼女は来なかった。風の便りでは幸せそうにしてるらしい」
「それで、その指輪を外す決心はいつつくの?」
急に少女の存在感が増した。色白く儚げでありながら、背筋はまっすぐと芯の通った女がいた。
「ねえ、何か言うことがあるんじゃなくて?」
花のように綻んだ笑顔でこてんと頭をかしげる彼女に、彼は戸惑う。その様子すらおかしいのか、少女はクスクスと笑った。
「恋をする相手が決まっていると言ったけれど、それがあなたじゃないなんて言ってないわ。私に昔の恋を聞かせて、やきもちでも焼かせたかった? 私の倍生きているのに可愛い人ね」
彼女は力なく眉を下げた彼の頬を撫でると、彼の髭がざらっと手のひらに伝わった。
「俺はろくに屋敷に帰ってなくて」
「そうね。知ってるわ。だから、結婚したら身だしなみはちゃんとしてね」
「君には弟との話がいっているだろう」
「兄弟のうち気に入った者と、という話なら来たわ。私はあなたがいいの」
「年が離れているのに?」
彼女は深く息をついた。
「くどい。だから一緒の時間をたくさん過ごしたいのよ。お願い、早く言って」
彼が窓辺についていた肘から力が抜けた。彼の右手に光る未練の詰まった指輪が外され、空高くに放り出された。そして深呼吸を何回か繰り返して、芝生に膝をつく。
「お嬢さん、君と話すうち好きになりました。さっきの一件でまた惚れ込んでしまいました。どうか俺と結婚してください」
「喜んで!」
窓辺に足をかけて、彼女が降りてくる。慌てた彼に支えられ、二人は視線わ交わし笑い合った。彼の無精髭の生えた頬に彼女の唇が触れる。顔を赤く染めた彼を彼女は優しい目で見ていた。




