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即興短編集  作者: 花ゆき
111/117

一家に一台オカン

企画で以前書いたもの。

選択したのは登場人物が世話焼き男子で、お題は【落書き】

プライベッターに重複投稿しています。

「なぁ。お前に貸した歴史の教科書なんだけどさ」

「あっ、今回も貸してくれてありがとねー!」

「いや、毎度毎度さぁ……自分で持ってこいよ。それでこの落書きは何」

「頭寒そうじゃん?」


 苦労性の男子高生が、天真爛漫な女子高生の言葉にがくりと肩を落とす。彼が開いた歴史の教科書の一ページには、ふさふさになった歴史上の人物が並んでいる。原型はもはやない。あぁ、徳川家康は犠牲になったのだ。


「……お前さぁ、……歴史で写真からどの人物か選びなさいってテスト出たら、どうするの」

「その時は鷹くんが勉強教えてくれるでしょ」

「他力本願だな」

「違うの?」


 ここで違うと言えないのが彼の甘さだった。彼は彼女がすぐに甘える相手として自分を選んだことに優越感を感じる。このままずっと俺に頼って、俺なしじゃいられなくなればいいのに。


 そこで彼は彼女の前髪に気づく。くしゃっと束ねていて、髪ゴム付近がダマになっていた。きっと邪魔でそうしたに違いない。どれだけ不器用なのだろうか。思わずため息が出る。


「花、あっち向いて座れ」


 彼の深刻な顔に、彼女はえぇっとショックを受けたようだ。


「今日は上手くできたと思うんだけどな」

「いや、今日も下手くそにできてるぞ」

「言い直さなくてもいいじゃん! ケチー」

「ほら、あっち向け」


 花ははーいと返事して、彼に背を向けて座る。そもそも彼が彼女と話すようになったのも髪がきっかけだった。


 彼は普段から妹の面倒をみているため、彼女のひどい髪をそのままにできなかった。思わず世話を焼いて直してあげたところ、感謝された。そこからだろう。彼女が彼に懐いたのは。


 彼女はとにかく手間のかかる生き物だった。歩いては段差で蹴躓き、階段では足を滑らせ、動きもトロい。そんな彼女を世話するのが彼の日課だった。


 髪を結わえ直すと、彼女がありがとうと彼に向き直った。そこで膝の血に気付く。彼は慌てることなく、常備していた絆創膏を傷口に貼る。


「どこで怪我したんだ」

「教室の入口で躓いた」

「あそこは段差数ミリしかないぞ?」

「うん、あの段差おかしいよね」

「おかしいのはお前だ」


 彼女はえーっと言っているが、実際おかしいのはお前だからな!



「おーい、オカン!」


 他のクラスメイトの男子が彼に声をかけた。彼は“オカン”という呼び名に、心底嫌そうに振り返る。そんな不名誉な名前をつけられたのも彼女の世話を必要以上に焼いてしまったせいだ。彼女に頼られて、調子にのってしまったのもある。その様子からオカンと呼ばれるようになった。


「オカンって言うな! それで何だ」

「ボタンとれた」

「自分で直せよ!」

「オカンが上手なんだから、やってくれてもいいじゃん」

「仕方ないな」


 嫌がりつつもなんだかんだでやってあげるのが彼だ。その通りになったので、思わず笑みがこぼれる。彼女はそんな優しい彼だから、構われたくて周囲をうろつくようになった。


 オカンなんて言われているけれど、誰よりも頼もしい男の子だって知っている。


「いつもありがとね、鷹くん!」

「おう」


 照れ臭そうに笑う彼はやっぱり男の子だった。

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