死神は彼女の魂を喰む
死神は死者の魂回収に明け暮れる。悲しみにくれる魂も、まだ生きたいともがく魂も、残していった者を心配する魂も回収した。いつの間にか任される仕事が増えていた。鎌も切れ味の鋭いものが支給されていた。偉くなっていたらしい。同期が自分のことのように喜んでいたが、どうでもよかった。
ある日、死者の魂回収をした際に抵抗もせず、すんなりと回収された魂があった。彼女の魂に触れると、じんわりと暖かさが伝わる。彼女はただ幸せだったのだ。死神はこんな人間もいると知り、少しばかり愉快になった。
次の彼女の生はどうなるのだろう。きっと今回と同じだろうと思えて、クスリと笑みをこぼした。その笑みを見逃さなかった教育中の新人が初めて笑いましたねと声をかけてきた。
そういえば、最後に自分が笑ったのはいつだっただろうか?
死神は再び仕事に没頭した。そんな時、抵抗なく彼の掌に収まる魂があった。彼はその魂に触れて悟った。例の魂だと。今回の彼女も幸せな人生を送り、満足しているらしい。彼は知らず知らずのうちにホッと息をこぼしていた。誰かを心配するのは久しぶりかもしれない。
次の彼女に会った。魂の温もりが今度の生も満足していると伝えてくる。死神はこんな暖かな彼女の瞳に映りたいと思うようになった。
しかし、彼女は何度転生しても彼に振り向いてくれない。気づくことすらなかった。死神は魂を一欠片ずつかじっていく。噛んだ先から彼女の暖かい記憶が体にしみわたり、彼の中に循環する。彼が何度かじっても彼女は毎回幼なじみを選んだ。それは運命の糸に引き寄せられるようだった。
死神は一回り小さくなった魂を手に取り、嘆息する。この魂の質量こそ、娘が死神を選ばなかった回数。それは長い年月だった。
前世で結ばれなかった恋人は今世で引き合う。死神が小耳に挟んだ噂は本当だったのかもしれない。魂を一欠片ずつかじるたびに、死神は魂に己の色をつけていた。今では深い紫に染まった娘の魂。魂の色は染まれども心までは染まらなかったということだろう。
死神は諦めた。娘を見ることさえやめた。機械人形のようになった死神を神は哀れに思った。神は全能であるがゆえに知っていた。娘の気持ちも、死神の気持ちも。ただ時を漂うだけになった死神の魂は新緑の色に染まっていた。娘の魂を少しずつとりこんだため、変色していたのだ。当の本人は知るよしもない。神は死神に休暇を与えた。どうでもよくなった死神は神の言いなりになり、地上に降りた。
死神は休暇の間だけ人間になった。そこで初めて、死神は娘の瞳を真正面から見た。娘の新緑の瞳は生命の息吹を感じさせる。彼女の目に映ること。どれほど焦がれただろう。それはあまりに眩しくて、死神はそっと目を伏せる。娘はそんな彼に近づき、じっと彼を見つめた。紫の瞳をどこかで見たような気がしたのです。同時にこうも思った。これほど綺麗な瞳なら忘れないだろうと。
死神が彼女と本当の意味で会うのはいつも死後だった。彼女の魂を手に彼は「今回も僕を選んでくれなかったね」と呟くことが当たり前になっていた。そのわずかな会話、彼が念入りに仕込んだ印がこの時になってようやく発揮された。
「どこかで会ったことがあるのかしら?」
死神は盲目的に恋をしていたため、何人もの彼女を見守ってきた。しかし、ただの人間に死神が見えるだろうか? そう、彼がこれまでしてきたことは無駄だった。神だけが知っていた。死神が彼女に選ばれるには、まず同じ舞台に立たなければいけなかった。
「そうかもしれないね」
彼の寂しそうな声に、彼女の脳内に覚えのない画像がよぎる。
死後魂だけになった彼女を手にのせ、彼は沈んだ声でこう言っていたような気がする。
『今回も僕を選んでくれなかったね』
この時になって、ようやく彼女は思い出した。彼にいつも見守られていたことを。彼の悲しい声を聞いていられなくて、生まれ変わる直前まで今度こそ彼を見つけようと覚えていても、生まれ変わってしまえばすべて忘れてしまったことも。魂ばかり彼の色に染まって、何も変えることができなかった。今は彼が目の前にいる。
「そうね、きっとどこかで会ったのよ」
彼女には思い出した記憶をうまく言葉にできなかった。代わりに彼の手をとって、ぎゅっと包み込みこむ。
「アメジストのように綺麗な瞳ね」
彼女がのぞきこんで微笑みかけると、彼はポロッと涙をこぼした。ようやく彼らはこれまでとは違う運命を進める。
ところ変わって、神はその様子を空から見ていた。神は本質を見る目に切り替える。喜びに震える新緑の魂と、やっと出会えたと寄り添う紫の魂が見えた。前の生で双子の弟だったからこそ引き合っていた幼なじみも、今回ばかりは踏み込めない。
神は結ばれない宿命になった彼が幸せになるように願った。死神のために運命を少し変えてしまった償いだった。神が関与するのはここまで。それから神はいつも通り人の子らを見守るようになった。




