可愛い羊
幼馴染にダンスを教えることになった。久々の再会に心乱される。
書き出し「君は何も心配しなくていい。私が全て教えて上げよう。さぁ……こちらにおいで」
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「君は何も心配しなくていい。私が全て教えて上げよう。さぁ……こちらにおいで」
我が国では成人した貴族の男女は舞踏会に出ることになっている。そのため、幼い頃から知っていたクリスティーヌにダンスを教えてくれと頼まれた。
俺とクリスティは母同士の付き合いがあったため、幼いころはよく遊んでいた。三歳年下のクリスティは妹のいない俺にとって、とてもかわいかった。ふわふわとスカートと髪のりボンをなびかせて、「兄様、兄様」と笑顔で追いかけてくるんだ。どんなに甘やかしただろう。
俺は成人を控えている時、さすかに気づいた。親族でもない女性と成人を控えた俺が二人っきりで会っているのは外聞がよくない。だから、思い出を作るために少し遠出をした。
湖の清らかさ、森林の空気に目を輝かせた君は自然がもたらした宝石のようだった。まばゆくて目を細めたら、君は不思議そうにしたね。俺は何でもないよと言って、額にキスをした。すると君は「また、子ども扱いをして」と拗ねてしまった。それすら、俺には可愛いのだから困ったものだ。それを期に、俺は彼女と会わなくなった。
彼女と会うのは三年ぶりだ。彼女は久しぶりに会う俺に怯えているのだろうか。ダンスの練習のため手を差し出しているのに、怯えてばかりで手を取らない。
参っているのはこちらだ。花開く年齢になった彼女の恐ろしいこと。彼女は可愛いだけではなくなった。ひどく、そそられるのだ。
彼女と会わなかった三年の間、それなりに恋をした。だからこそ思う。彼女の怯えている姿は、まるで食べられるのを待っている羊のようだった。白い首筋、成長した胸、引き締まったウエスト、そこからなだらかに膨らんだお尻。食べごろとはこのことだろう。乾きを隠して、再度彼女に声をかける。
「クリスティ、こちらにおいで。練習するのだろう?」
「……セルジュ様。私は成人を控えていますから、クリスティーヌとお呼びください」
おや、一端のレディ気取りか。いや、瞳に不安が覗いている。これは彼女の虚勢だ。それでもなお、彼女が意地を張るのは何故だろう。
「クリスティーヌ嬢、失礼しました。私とどうか踊ってはいただけませんか?」
彼女の前に跪き、正式なダンスの申し込みをする。彼女は目を悲しそうに細めて、数回瞬く。小さな声でどうして、と零した。
「どうして、兄様は私と会ってくださらなかったのです。私はずっと兄様とお会いしたかった。噂で聞くお兄様は遠くなっていくばかり。挙句の果てには恋の噂まで! 私じゃ駄目だったんですか?」
彼女は変わってしまった俺に怯えていた。そして、俺が距離をおいたことに怒りを感じていたのだ。感情が高まった彼女は、とうとうボロボロと涙を流した。その姿に涙を拭って、ひどく甘やかしたくなる。これでは駄目だ。一線を越えてしまいそうになる。
紳士的に開けていたドアが目に入った。少し外に出て、気分を切り替えよう。そう思った俺を察したのか、彼女が背後に抱きついてきた。無言で立ち止まった俺を繋ぎ止める手に、ぎゅっと力が入る。もう、駄目だ。
俺は音静かにドアを閉じた。振り向くと、彼女はドアを締めたことに不思議そうにしていたが、俺が彼女の手を握るとたちまち笑顔になった。
羊が無防備に眼前にいる。柵に閉じ込められたと知らずに。
彼女とダンスを踊るのは初めてではない。昔、舞踏会の真似をして何度も踊ったものだ。その度君は「将来は兄様と踊りたい!」と言っていたね。今ではどうだろう。
「クリスティはダンスが上手だね」
「そりゃあ、練習しましたもの。舞踏会で失望されたくないから」
「そう。これくらいなら、安心していいよ」
近距離で彼女を感じることに、痛みと喜びを感じる。君は誰のために練習したのだろう。その誰かを思うと、とても不快だった。ゆらりと彼女に顔を近づけていく。
「それなら兄様、一緒に――」
彼女の唇を奪った。彼女は目を見開いている。こういう時は瞳を閉じるものだと教えてあげないとね。
「これくらいで驚いているようじゃ、恋の駆け引きはできないよ。舞踏会までに、ダンスも、それ以外のことも、俺が全部教えてあげる」
彼女は頬を赤く染めた。そんな彼女の耳元に声を落とす。
「男と二人っきりで、密室にいたらいけないよ。今日みたいな……それ以上の悪戯をされてしまうかもしれないからね」
俺が部屋を出るときには、彼女はペタンと床に座り込んでいた。顔一面が真っ赤で、目も潤んでいた。
食べごろの羊に恋を教えよう。
「また来るよ」




