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裸の鼠  作者: まどか風美
6/10

第6歯(ば)

 ああ。なんとか上手くお話ししようと頑張ってはみたが、結局、とりとめのない話になってしまったな。神話の懐はあまりにも深いようで、お聞きの通り、私も未だその深いところまで入っていけずにいるのだよ。だから諸君、この件については、お互いに議論し合おうではないか。これから先、諸君らに気付きがあったら、是非私に話して欲しい。無論、議論の相手は他の者であっても良いよ。皆で知恵を深め合って、自らを一層野蛮から遠ざけようではないか。

 うむ。今度こそ、この集まりもおしまいだ。諸君らの方から何も無ければ解散にしたいと思うが、どうかな、今の内に聞いておきたい、言っておきたいことはないかな。毎度のことだがこういう時に遠慮はいらないよ、ひとりが分からないことは皆も分からないことなのだからな。ふむ。よろしいかな。はい? なんでしょう、グレートマザー。や、なんと。グレートマザー自らご質問ですか。それはまたどんなムチャ、げふん、いや謹んでお伺いいたしましょう、してどのような。はい。ええ、ええ。イモは我らと母なる大地の協働によって増える、その通りでございますね。え? では我らが増えるのは? 如何なる理由によるものか、ですか? はぁ。それをお聞きなさる。聞いてみたいと。うーむ。あのぅ、念のためお尋ねしますが、グレートマザーにおかれましてはそれ真面目に聞、いてますよねー。勿論そうですよねー。やだー。たははは。

(やっぱりムチャ振ってるで。あのおばはん、なんだって自分の旦那、あないよう苛めたろ思うんですかいな)

(むー。あれもまた、聖なる言語遊戯の一環として…うむむ)

(…先生におかれましては、もうちょっと不真面目になりまへんか)

 む。ああいや、諸君、やはりグレートマザーは門歯が長いお方だな、私は尊敬の念を新たにし、我が身の不明を恥じていたよ。門歯短小の私めは我らが増やすことしか念頭になかった、だが勿論、我らが増えることもまた重要な思考対象である。では、僭越ながらお答えいたしましょう。結論から申し上げると、我らが増えるのも、やはり母なる大地の純粋に増やす力がそうさせるのです。我らもかつてはイモだった名残なのか、友が汲み上げてくれる新鮮で濃いその力が定期的にムラを満たすことで、我らの子孫も継続的に誕生す、あ。今度は「むけけけけ」って。あの、グレートマザー? え、今の説明に矛盾? ありますか。ありますと。はい、はい。イモが増えるのは、我らの力と母の力の相互作用によるものであったはず。然るに、何故我らが増えることには、母の力しか関与せぬのか。ですよねー⤵。ああ⤴、不満げだなんてそそそんな滅相もない。しかしですねー、ある営みを素材として思考を展開するならばそれは具体の哲学でありましょうが、営みそのものに言及せよとなるとそれはもうただの具体の家庭医学、文士は食わねど高楊枝、何故だかそんな文句がいきなり胸に去来しましたが、とにかく私も語りの才能を買われて首長に推された身、安易な閲覧数稼ぎはやはり

(医学! なんと、君たちの知識体系には医学まで)

(それよか先生、とうとうあのおばはん、最低の悪ふざけに出ましたで)

(…ん? 鳴き声? グレートマザーが鳴いているのかい)

(そうなんですが、これがまた、特別なもんでして…)

 ぬあぁ!? それ、その鳴き声! ここで? この時に? やりますかぁ!?

(どうしたんだい。首長が酷く動揺しているよ)

(そらそうでしょうな。グレートマザーのあの鳴き声、首長に交尾を命令するもんですさかい)

(…え)

 グ、グレートマザー。上に立つ身として、考え直すなら今の内ですぞ。聖なる物語が語られたばかりのこの場所を、我らが率先して俗で汚すというのはいかがなものか。集まってる若い者共に、二重の意味で示しがつかないではありませんか。えっこれも増殖の儀式である、即ち聖なる儀式である、多くの者に言祝がれて然るべきである、ですって? あなたまた、その場の思い付きをすらすらと。あっ、いかん。これは話術だ、ならばイエッス逃亡・ノーッ抗弁! 疾くその威力の及ぶ圏外へ。私だって一度は理性で本能を打ち負かしてみたい、♂ばかりがなぜ無理矢理。歪んだ我らの営みの在り方、今は拒否! 拒ひっ! あはぁご命令が益々激しく。む、滾る。否、否、逃げるのだ。こんなとこでいたしてしまったら、若者を導くはずの首長さんが、首長さんがただ若者に手ほどきするだけに。逃、逃逃逃、逃げ。おお、うずくまるあなたの大きな後ろ姿、地中で我らの門歯を阻む逞しき石塊か、そこに我を匿う堅牢な室ありや。はい? なにゆえそのような無骨を申すや、汝を優しく包む、暖かな室ならあるのに、と? それはまた結、こうっ! あぶね、危うく乗っかるとこ、あ、一歩腰引きゃ二歩追うあなた。ぎゃーっ、そこで更にご命令を激しくしちゃっ。だーめーでーすー、おりゃ、バックマウント取ったぁっ! あれ? いやいや、これ無し! 無しですから! あっ! その時、私の背が弓なりに凍り付いた。あー、優しさに。むー、羽交い締めされたのなら。ああ、もうっ! せっかくいい感じで! 話を締め括ったはずなのにっ! なんでこう綺麗なまま! 終わらせてくれないのかなーっ!?

(そらこっちが聞きたいで…ん、なんや。若い連中、あれ見て高ぶっとんのか。繁殖には関わらん連中のはずやのに、けったいなことやで。先生、なんや様子が変やから、気ぃ付けた方がええ。さっき先生に色目使つこうてきた娘おりましたろ、そいつがまた性懲りもなく)

(あー、優しさにぃ。むー、羽交い締めぇん)

(あっ既に! てか先生、正気でっか!? そんなとこに門歯突き立てられたら、痛いどころじゃ済まされまへんでっ!?)


(「イモ送り」の中核となる儀式の実施を間近に控え、いよいよ前段階最後の営みが行われている。場所は、儀式によって送られる予定の、あの大きなイモのある広場。今ここには、ムラの成員の殆どが集結している。餌を調達しに行く者、トイレに行く者…私たち人類と同様、ハダカデバネズミもちゃんとトイレを発明している…あるいは瞑想極まって走り回らずにはいられないらしい者など、この場からの人員の出入りは常に認められるが、この特別な機会にしか作られないという巨大な肉ぶとんが、ある大きさより小さくなることは決して無い。デバが数匹集まり、積み重なって自らをふとんとする行為は、本来は、哺乳類でありながら変温動物であるデバたちが、新生児保温のために行うものである。だがこの場では、送られる予定のイモが温められている。新生児がそうされるのと同じかそれ以上に、イモは寒くないか、その周囲に蝟集する全員が気遣うようだ。また、ふとんに参加する誰もが、途切れること無く、イモに懇ろな言葉をかけ続けている。その様は、あたかもイモが、ムラに久々にもたらされたたった一匹の新生児で、全員が彼へ愛を、慈しみを、雨と注ぐようである。普段より、このイモはムラの誰彼から友情を示されてはいるが、この場において、イモとデバたちの結び付きは更に強く、深く、最高の段階へと強められている。そう。これはまさに、「家族」の慶事なのだ)

 だーっはっはっはっは。その通り! 先生ももう、我らの家族ですからなー。ああいや、そうであるならば「先生」はよそよそしいですな、しかし先生を人の子の名でお呼びするのもまたよそよそしい、なんとなれば先生は我が娘の来るを拒まず属する世界の去るを追わず、あー優しさに、むー羽交い締めされたのなら、そうこれは新生! 魂の遍歴は終わりを告げ! ご縁の影縛りにてこのムラの成員となられたのですから、ここはやはりムラの子としての新しい名をですな、グレートマザーとも相談してなるべく早く贈ります故、まぁ一先ずは息子とでも、ほれ息子、そんな外から着込んできた、人への帰属を示す薄っぺらい毛皮などとっとと脱いでだな。む。何故に目を見開いておる、胸に色々去来するらしいのが低く門歯に轟くようだが、感極まって言うも動くもままならないかね。よろしい、では義理の父が手ずから剝き剝き、そうじっとして剝き剝き。おうこれは。息子。だーっはっはっはっは。いやしかし、この呼び方もやはり不自然ですかな、相応しい名が決まるまでは慣れた「先生」で通しましょうか。うむ、それがいい。あ。あちちちっ。先生、人とは随分熱い肌を持ったものなんですな、いま直接触れ合って分かりましたが、周り任せの我らとはえらい違いだ。んむ、待てよ。先生は、この熱い肌でわが娘と…ふむ。先生、義理の父が大きなお世話を申し上げるが、娘と円満にやっていくならそのう、バックマウントの時間は短めのほうがよろしいぞ。その熱をあまりもらいすぎて娘が病気にでもなったなら、先生もまだ迎え入れられたばかりの身、ムラでの立場が微妙になり兼ねませんからな。しかしまぁ、逆に言えば、それさえ守れれば先生も大安泰。このムラで楽しく! 幾久しく! やっていこうではありませんか。だーっはっはっはっは。

(先生、家族になれたからこんな秘儀にも参加できてるんやし、実際、調査範囲はめっちゃ広がりましたで。まぁその、前向きに考えましょうや)

(三笠の山に出でし月かも)

(はぁ。なんでっか、それ?)

(…前を見たまま後ろへ疾駆するコツを、僕に教えてくれるかい? うふふ)

(先生、前向きに。いや、その前向きちゃうけど、まぁとにかく前向きや。な?)

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