表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
裸の鼠  作者: まどか風美
2/10

第2歯(ば)

(すぅぅぼぉぉぉぉ…かくて、広場の拡張作業は瞬く間にすぅぅぼぉぉぉぉ…終了したのであった。まったく目を瞠るすぅぅぼぉぉぉぉ…チームワークである。例えば、ピラミッドのような巨大な仕事をすぅぅぼぉぉぉぉ…過去為し得てきた我々ではあるがすぅぅぼぉぉぉぉ…彼らの集団的創造力を目の当たりにすればすぅぅぼぉぉぉぉ…己の優位を、いつまでも無邪気に信じ続ける訳にはすぅぅぼぉぉぉぉ…いかないのではあるまいかすぅぅぼぉぉぉぉ…)

(なんぞ先生、息荒いでんな。まさか何度も股潜られて、オツな気分になってんのとちゃいますやろな?)

(なな何を言うぽぉぉぱぁぁ。君、し、仕事中に不謹慎ぽぉぉぱぁぁ)

(なんや、息遣いまで怪しくなってきましたな…あのな、先生。わいら、ずっと地中で暮らしてきましたやろ、だから目があんまり利かんのですわ。けどその代わり、鼻はそれなりに利くねんで。ほれ、その娘っ子も、なんぞ鼻ひくつかせてもじもじしとる。先生の出すオツなにおいに、感付いたんとちゃいまっか)

(やっ! これはお嬢さん、いつの間にこんな側近くに。ああいや、はっは。別に嫌という訳では。あ、しかし。私の膝に手をかけ、そうにじり寄ってこられるとなると。研究者として、人として、そして人の親として。即売会の度に男同士のぶつかり合いを新創造するがこれ生き甲斐、堆積する薄本生じさせる一薄層間にて一人朽ちゆく、私の娘はそんなですがそれでも愛娘です、彼女がより蔑んだ目で私を、私を、つまり人間は生来道徳的な存在である。ですからその、そうやって無心に鼻を使われるのは一向構わないのですが、ひくつく鼻孔目指すらしいその先が。あいや、思わず引け腰の内股に。おお? ちょ、嗅ぐだけでは飽き足らず、門歯の先で直接。そ、ソフトタッチ)

(そうそう。わいら、鼻が利くだけじゃのうて、触覚もまた鋭いんや。特に門歯の感覚はただ鋭い以上のもんでっせ、わいら、先生らが目で見るみたいに、門歯でものを見られますさかい)

(なに、見てる。あ、詳述するようなものなら何も。何っ、もぅっ)

(何も無いなら、なんで本来なら繁殖に関係しないこの娘っ子が、いきなり直覚してしもうたんですかいのう)

 皆の衆ぅ! 汗かき合ってるかぁい?

 ビュウウウウウ! ビュウウウウウ!

 なら答えてみてよ、お客さん! 汗かくことさえ分け合えれば?

 ピウピピューウ!〔 I love you! 〕

 ビュウピピューピュ!〔You love me! 〕

 んむうむ、確かに今、この場には友愛が溢れかえっておるな。いつも通りの協働ではあったが、対価である共感は常の倍増しであったらしい。ん、なに? 働きデ番号53と60と65の連中が、またさぼってたって? よしよし、後でグレートマザーに叱ってもらおうな。あーさて。皆がゆるりと寛げる広さが確保できたところで、そろそろ本題に入りたいのだが。高まりを鎮めてくれると嬉しい。これこれ、そこの娘。働きデ番号77の君だよ。はっは、君の門歯はまだサビに共鳴してるのかい、しかしその勢いを借りて先生に迫っちゃうのは行き過ぎだぞぉ。そうそう、他の者と尾を並べてな。ああいや、肉ぶとんは形成しなくていいから。寝ちゃ私の話を聞けな。あれ。先生! どうかされましたか、急に座り込んで。我々四つ足には良く分かりませんが、それはいわゆる腰が抜けたという状態ですかな?

(あ、いや。これはその、立ち眩みというやつでして。二足歩行で頭部を高い所へ持ち上げた、人類必然の代償と申しましょうか。安静にしていれば自然と治りますので。お気遣い無く)

(頭に血が行かんようなったから、そう仰る訳ですな。そりゃ別んとこで滞ってますからのう。ひひ)

 んー? 良く分からんが、大事が無いのなら結構。さぁ、では本題に入ろうか。諸君! 我らは欠片であり、また全なる者でもある。我ら以外の生命もまた然り。その事を常から問い、かつ得られた知恵を身体化するために、我らがムラに生まれた諸君は、既に幾つかの儀礼を経験していることだろう。しかし、まだ年若い諸君らは、ひとつの大事な儀礼、我ら一族にとっての最重要儀礼をまだ経験しておらぬ。そう、諸君らも年長の者から断片的には聞いているだろうな、「イモ送り」だよ。その「イモ送り」の実施が、間近に迫っている。そこで本講話では、今回初めて「イモ送り」に参加を許された諸君らに、この儀礼の始まりとその意義をお聞かせし、諸君らが「イモ送り」をより深く体験するための、きっかけを提供したい。諸君、これから私の卑しい口をお貸しして、語り出されるのは神聖な物語である。では、語り出されるその前に、神話のもう一方の主人公である我らの古い友人に、心のこもった挨拶をしようではないか。

(首長がそう促すと、広場は再び騒がしくなった。しかしその騒がしさは、先程までの熱狂的、あるいは破滅的な騒々しさとは明らかに質が違う。若いデバたちは皆、喉を嗄らすような大声ではなく、平素の音量でぴうぴう盛んに鳴いている。そのひと鳴きひと鳴きには親しげな、相手を労るような優しさが込められている)

(ФшФ)

(…君はハダカデバネズミなのに、何故その様な猫目で僕を見て、居心地の悪さを感じさせるんだい?)

(え。わい、なんかいやらしい目付きしてましたか。ほう、ちゃんと門歯も表現されてるんですな。あ、いや。先生、気の回しすぎですわ。気の回しすぎ)

(おほん。…そして、彼らが盛んに親しく鳴きかけているのは、首長の背後に鎮座する見事に肥大した何かの根、あるいは地下茎、即ちとても大きな野生のイモなのだ。しかしそのイモは、不自然に歪な形をしているようにも見える。一部の欠損と、その後の再生長とが交互に繰り返された、その結果なのかも知れない)

 さて。諸君らは日頃から、この場を通りかかった際、今したような親しい挨拶を、我らの古い友人にしていることだろう。ところが諸君らは、なぜ彼と彼の仲間たちが我らの古い友人なのか、その理由についてはご存じないだろう。そもそも、我らの名『ピウピ・ピュイ・ピュウピピ』が示すのは『小走りで瞑想する賢者』という運動体、一方で友人らはみな不動・不言の、言わば対岸に住む隠者ではなかったか。更に決定的に矛盾することには、我らは彼らを食料としているのではなかったか。生活の論理、即ち分別と順序の論理では、我らと友人らはあくまでも別個の欠片であろう。友人どころか敵であろう。和解の術はあるのか? 鼻で嗅ぎ、門歯や感覚毛で最大限感じ取り、我らのムラを隈無く探し回っても、きっとそれは見付からない。しかし絶望するなかれ、我らには心があり、その中に和解の塔を築くことならできるのだから。我らはその塔をいつまでも胸に抱き、友人らに変わらぬ敬意を払い続けることができるのだから。塔の築き方は、神話が教えてくれるだろう。それは、このような教えなのだよ。

 …まだ始まりと終わりが一緒だった頃、以前と以後が無かった頃、何事にも順序が無かった頃、

(首長の声音と、身に纏う雰囲気が急に変わった。いよいよ神話が語り出されるのだ)

 我らは『小走りで瞑想する賢者』などではなかった。イモであった。

(聴衆の若者たちの間から、ぴうぅぅぅ…と低い溜息が漏れた。皆驚いているようだ)

 驚いたかね? 確かに我々自身を振り返ってみるに、我々はよくムラの中を小走りに動き回り、その間も大抵は目を閉じ、瞑想に費やしている。『小走りで瞑想する賢者』と呼ばれる所以であろう。動かず、我々に言葉もかけてくれない友人たちとは、だいぶ異なるようだ。しかしそれでも、我らと友人たちには同じ所もあるだろう、母なる大地の内に住まうこと、ひとつはそれだ。もうひとつについては、友人と我らの体を見比べてみるといい。どうだね、とてもよく似ているじゃないか。そう、我らは裸体である。しかも、誇り高くそうである。これらの事実もあるから、実は我らは似たもの同士、むしろ、兄弟と言ってもよい間柄なのだよ。

(イモは表面にまばらに細根を、君たちは感覚毛を生やす…そこからの類推なんだね)

(まぁ確かに、なるほど、とは思えまっしゃろ)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ