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裸の鼠  作者: まどか風美
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第1歯(ば)

私を大いに楽しませ、かつ執筆の手助けもしてくれた、上野動物園と埼玉県こども動物自然公園のハダカデバネズミたちへ。

(…彼らのざわめきが聞こえるだろうか? ほら、ぴう、ぴ、ぴう、ぴう、と、まるで小鳥が鳴いているようだろう…時折ぴゅう! ぴゅう! と強い調子で聞こえるのは、多分場所を取り合って小競り合いをしているのだと思う…それにしても蒸し暑い…土中に張り巡らされたトンネル網の一角を占める、この猫の額ほどの広場に、一体何匹のハダカデバネズミたちがひしめいているのやら。なかなか壮観な眺めだ…おっと。日付を言わずに吹き込み始めてしまったな。えっと…おや? ねぇ君。今日は何月何日だったかな?)

(わいらのムラで時間なんてもん気にすんの、無意味なことでっせ。それよか先生、片手で杖にすがって、もう一方でその、口を寄せてる短い棒、それも持ってるんじゃ大変でっしゃろ。代わりにわいが持ちまっせ)

(だめだよ。そう言ってマイクに悪戯したいだけなんだろう。それに、杖は歩くのに足下が心許ないからついてるだけで、今は立ち止まってるから必要無いんだ。そら、ここに立て掛けておこう。これで問題無い)

(先生、いけずやわ。さすが、わいらに裸・出歯・ネズミなんちゅう、見たままもまんま過ぎな種名真顔で付けとる、人間様だけあるわ)

(はは、いつの間にか専門が変わってるね。生物学者のセンスについてまでは、僕も責任持てないなぁ)

(そら、確かに先生は人類学者ですけどな)

(しかし、君たちデバを代表して)

(先生ぇ。情けのうなるんで、わいらのことはわいらの言い方で呼んでくれまへんか)

(失礼、そうだったね。しかし、君たち『ピウピ・ピュイ・ピュウピピ』を代表して君が協力してくれてるお陰で、今回の調査もとても順調に進んでるんだ。その点は本当に助かってる。ありがとう)

(へへ、そうでっか。そう言うてもろたなら、お手伝いしてる甲斐もありますけどな)

(ところで、首長は遅いね。招集をかけられた若い子たちは、もう殆ど集まってると思うけど)

(まぁ、あの首長のことですからなぁ。今からやる演説は普段のわやな話、例えば肉ぶとんの無聊を慰めるちょっとしたやつとか、そんなのとは訳がちゃいまっしゃろ。大方、準備に気合い入れまくって…お、噂をすれば。来たみたいでっせ)

 ピュゥピ・ピピピ・ピウピ・ピウピ・ピュゥピ・ピピピ・ピィ♪

(これは…ざわついている広場にも朗々と響く、歌のようだね。君たちが使う、17種類の鳴き声どれにも、当てはまらないようだよ)

(実際、これは鳴き声じゃのうて、首長独自の歌でっせ)

(えっ。君たちにも音楽の文化が)

(芽生えたんですかいのう。いつだったか、首長が急にやり始めましてな。節のついた鳴き方なんて今まで誰もしたことないですし、なのに聴いてると妙に気分ええし。それであっという間に人気者になって、首長は首長に選ばれたんですわ)

(誰よりも歌が得意な者が、リーダーに選ばれるか…僕らの知ってる人間の首長と、ますます相似形をなすようだなぁ)

(そうなんでっか? 首長のこれ、特に若い衆には受けがよろしゅうてな。いま聞こえてるの新作でっせ、これ作ってて遅うなったのかも)

(ははは。サービス精神旺盛なんだね)

 ピュゥピ・ピピピ?

 ピュウピュウ!

 ピュゥピ・ピュゥピ?

 ピウ!

(首長が誘うように歌えば、聴衆がそれに応える。歌う方も聴く方も、随分慣れているじゃないか。昨日今日始まった娯楽とは、とても思えないよ)

(んんー? 首長、今日に限ってなかなか姿あらわさんな。なにもったいぶって…)

 なら行きますよっ、お客さん!

(うお!?)

(あっ! 首長、どっから出てくるねん。先生の頭、踏んずけとるやろ!)

 狭いトンネルの中で鉢合わせしたのなら、一方が上、他方が踏んずけられて往来するは我らが自然。ならば、我らのありのままを取材に来なすった先生に対し、取り繕いこそむしろ失礼というもの。見栄を張る奴ぁいやな奴。ここにヤな奴なんか一人もいないぜ! この素晴らしいおらがムラの夜!

 ビュウ! ビュウビュウ! ビュウ!

(なんや、首長も聞く方も、今日はまたえらい気合いやな…先生、大丈夫でっか?)

(おお…我々がスポーツ観戦の際などに行う、いわゆるウエーブに似ているだろうか…広場を埋め尽くす若いデバたちが渾然一体、ひと続きの巨大な肉のうねりと化しているようだ。体毛に覆われていない彼らが媒質となっているに相応しく、それは薄桃色の大海原…と言いたいところだが、若い個体は背中が黒っぽい。だから今の首長は、さしずめ新月の夜に沖合へ泳ぎ出た、手練れのサーファーに見える。彼は、夜空を映す肉のうねりに悠然と身を任せ、広場の中央へと、懇ろに運ばれていくのだ…)

(…結構な報告ですな。先生も動じないで)

 よぉーーこそぉぉ!

(そして我が青春を呼び覚ます、このフレーズ)

(ん? 先生、やっぱどこか痛いんと)

 ふぅむ。ところで諸君、ここへ君たちを集めた張本人の私が言うのもなんだが、この広場は全員を収めるのに、既に手狭となっていたようだな。重畳重畳、若者が増えているということは、我ら一族繁栄の証ゆえ。しかし、これから諸君にお聞かせする神話は字義通り神聖なる物語、押し合いへし合いの落ち着かぬ状況で聴くというのは…ああ、こらこら。壁際の諸君はそんなに逸らずともよろしい、そう勝手に土壁を囓られては却って効率が悪いし、危険でもあるだろう…てな訳でお客さん! 奉仕の気持ちさえ分け合えれば?

 ピウピーウ!〔俺掘ーる!〕

 ビュウピーウ!〔君掘ーる!〕

 いえっっっす! さぁさぁ、いつものように協力して、ちゃちゃっと広場拡張を済まそうぞ! 俺掘ーる! 君ら掘ーる!

(全く予定外の成り行きだ。首長が、集会が行われる広場の収容能力の不足を見て取った途端、号令一下、一斉にその場の拡張工事が始まった。彼ら愛すべき小さな動物の、とても合理的な作業の進め方を見るがいい。先ず、自慢の出っ歯…体格に比して非常に発達した門歯で、力強く土壁を削り取る一隊がいる。出た土を、前肢よりも大きく、力も強そうな後肢で後ろに蹴るというやり方で、次々とリレー式に運搬していく一隊がいる。運ばれた残土は…ぶおっぷ)

(先生、もっと脇へ寄っとかんと。土被るくらいならまだしも、走り回っとる連中も多いさかい)

(ぺっぺっ。ざ、残土は最終的に地表へと運び出され、よってその搬出口の周りには、小山のような盛り上がりができ…おう? おっおっおっ、おう!?)

(ほら、言わんこっちゃない。今は股を潜られただけですけどな、土蹴り飛ばしてる連中のその足に、愚息…は自分のもん言う時でしたっけ、まぁそれや、それ蹴られでもしたら)

(あっ、また! また股にあの甘がゆさ去来して。無毛で摩擦係数これ高く、少したるんで皺の多い彼らの肌質が股その、いや、またその。むぅ。あっ、股っ! 今度は背後から突然に。身構えさせじと。んむ、これはまた。増加傾向)

(…お前ら、面白がってわざと潜ってへんか?)

 ピウ?

(いや。わいら、狭いとこで鉢合わせしたら大概向こうを踏んずけて行くか、腹の下を潜っていくかやないの。さっき首長も言うとったがそれが自然やで、改めて口にしてみると、ちょい考えとうなるけどな)

(おーう? おうっ、おっおっおっ、ふっ?)

(二本足で立つっちうのも、考えもんなんやな。先生、わいらより重心高いから、潜られてばっかりや。さ、先生。素直に脇へ寄っときまひょか。こっちでっせ)

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