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人の姿をしているが、黒い肌に極端にやせ細った体は人間のそれではない。背中からは二枚の翼を生やし、不気味な赤い目をした魔物。ガーゴイル。
空から城壁にとりつこうと、四体のガーゴイルが一斉に飛び降りてきた。城壁上を駆け抜け、俺は左手の剣を振るう。
――ザッ
まずは右の一体。
続けて左から飛んできたガーゴイルの頭を、難なく切り飛ばす。最後に俺の行く手を塞ぐようにして二対同時に襲いかかってきたが、それを横薙ぎの一閃で同時に仕留める。
剣を左右に振りはらい、魔物の黒い血を落とす。そのまま、剣の刃を上に向け、肩の上へと剣を置く。
「ま、こんなものか」
つぶやく俺に、ピュウと口笛をならながらゲイルが感心する。
「おお、さすが若大将」
「なに、ほんの肩馴らしさ」
気障に聞こえないでもない声で俺は答える。ゲイルの後ろでは、黒衣の戦闘衣を纏った俺の部下たちもヤンヤと声を上げる。
総勢七〇人になる、俺の部下たち。
俺たちは、上空から突如襲来した魔物に応戦すべく、城壁上に繰り出していた。空から現れる魔物は厄介だが、下級の魔物は大した魔法も使えないらしく、接近して攻撃してこようとする。
そこを俺の剣が、簡単に仕留めていく。
――ブワン
と、ゲイルの斧が一閃。
左から飛び込んできた魔物を、容赦のない一撃で両断した。魔物の体が上下二つに分離し、ドシャドャシという音を立てて城壁上を転がる。
「ナハハ、脆い、脆いぞ!」
派手に笑うゲイル。まったく、大した男だと内心で感心する。だが、ゲイルの笑い声のせいか、魔物が次々と城壁の向こうの空に群がり、列を作る。
隊列を組んだ魔物たちの口が開かれ、魔力の気配が濃密になっていく。
ちらりと魔族の様子を見てとり、俺は仕草で大盾兵に防御の姿勢を取らせる。命令を受け、アーチャーを筆頭とした大盾兵たちが、部隊の全面に列を作り、黒い大盾を構えて防御の姿勢。
魔物に切り込んでいた俺も、急いでその後ろに潜り込んだ。
「アズサ」
「わかってる」
巨大な≪魔法槌≫を両手に握るアズサは、目を閉じて詠唱を始める。その詠唱速度はかなり早く、まるで早口のように言葉を紡いでいく。すると魔法槌のてっぺんに取り付けられた魔水晶が、白く輝き始めた。
それに呼応するかのように、群がる魔族が雄叫びを上げると、そこから黒い炎が一斉に吐き出された。炎は俺たちがいる場所へ、一直線に向かってくる。
「キィエエエッ」
大盾を構えたアーチャーが、奇妙な悲鳴めいた掛け声を上げる。
部隊の前面に展開する大盾に、黒い炎が盛大に激突した。通常ならば、ここで炎は爆発し、いかに大盾兵が守っているとはいえ、爆発の余波は後方にいる俺たちにまで襲いかかってくるだろう。
だが、炎は爆発することなく、黒い大盾の前でとどまる。
――カッ
次の瞬間、部隊の背後でアリサの構えていた魔法槌の水晶が光を放つ。大盾兵の前で動きを止めていた炎が、瞬間進むべき向きを変え、炎を放った魔族の群れに向かって激突していった。
――ドーン
空気を揺らし、魔物の群れの中で炎が爆発する。自らが放った炎の一撃を跳ね返され、バタバタと魔物の群れが地面へ落下していく。アリサが用いた≪ミラー≫と呼ばれる魔法。魔法を反射する力だ。魔物たちは自らが放った力を反射されて、大きな痛手を受けた。
これで魔法はダメだと悟ったらしい。魔物の群れは、一斉に俺たちに向けて突撃してきた。
「さあ、パーティーの始まりだ」
俺が剣を頭上に掲げると、「おおっ」という部下たちの声が返ってくる。大盾兵は、それに合わせるように左右に分かれる。
「いけっ!」
剣を振り下ろすと、それぞれの武器を構えた部下たちが、迫りくる魔物の群れに一斉に襲いかかった。
先陣を務めるのは、ゲイルだ。
巨大な戦斧をまるで重さを感じさせない勢いで、ブンブンと振りまわす。まるで風車が回るかのように回転する戦斧が、次々に敵をからめ捕り、その勢いで斬殺していく。
ゲイルを筆頭に、部下たちは果敢に攻め続け、次々に魔物を屠っていく。まるで、防御など存在しない攻撃一点の鋭い猛攻に、魔族はろくな反撃もままならずに倒されていく。
そんな果敢な部下たちの戦いを、俺は少し下がった場所で眺める。たまに、前線を突破してきた魔物がいるが、軽く剣を振るって仕留める。それは、つわものを相手にした緊迫に満ちた戦いではなかった。まるで、戦いの仕方も知らない相手を簡単にあしらうような、単純な攻撃。
俺の元へとやってくる魔物を、簡単に倒す。
とはいえ、さすがに俺一人だけで、前線を突破する魔物に全て対処することはできない。
時折、前線を向けてきた敵が、部隊の最後方にいるアリスの近辺にたどり着く。魔法槌と呼ばれる巨大な杖を手にしているアリサは、いざとなればその槌を振るうことで魔物との近接戦もできるが、基本は魔法使いとして部隊の補助役に徹することが求められる。
そんな彼女を守るのが、この部隊の数少ない女性陣であるユエメイ、ファン、リーの三人だ。三人は、それぞれに連携した動きを取る。一人が襲いかかってきた魔物の攻撃を防ぎ、相手が隙を作ったところで、別のもう一人が的確な一撃を加えて敵をしとめていく。
三人の女性に守られるアリサは詠唱を続け、時折魔水晶が輝きを放つと、氷の魔法が放たれる。それが、前線に迫ろうとする魔物たちに次々に命中していき、前線の戦いを少しでも楽にしていく。
――今は余裕だな。
手慣れた部下たちの戦い方に、まだまだ余裕に満ちた姿を見て取れる。それもそのはずで、俺が率いる部隊は≪狂犬≫などというあだ名がつけられた、曰くつきの部隊だ。通常の部隊からは隔絶した戦闘能力を持ち、異常な高さの戦闘能力で知られている。
そして通常の部隊との違いを強調するために、部隊は黒い戦闘色で統一されている。
部隊が設立された当初は、ただの厄介者扱いの集いであったが、その後幾度もの戦闘を経て、今では軍の中でも名の通った部隊として知られている。
そんな部下たちの戦いぶりを見ていた俺だが、背後にチリッとした嫌な予感を感じた。
振り向くと、背後に大型の魔物の姿があった。
狭い城壁の上であるために、空から襲ってくる魔物は、いつでも俺たちを挟撃することができる。ただ、背後に現れた魔物は近づくことなく、口を大きく開け、雄叫びを上げながら魔力を増幅していく。
次の瞬間、漆黒の闇が迸った。
上級の闇魔法カース。呪いの効果によって相手の体から力を奪い、無力化する魔法だ。その魔法は膨大な魔力を必要とするため、通常は単体の相手に対して用いる魔法だ。だが、この時放たれたのは、単体を相手にしたものではなく、広範囲に呪いを付加する範囲攻撃だった。
「おいおい、お前の味方も巻き込むつもりか」
いまだに前線では魔物と俺の部下たちが交戦している。それを一緒くたに巻き込む勢いで、大型魔物はカースの魔法を放ってきた。
今、前線で味方と敵は乱戦の中にある。背後から襲ってきた敵に、大盾兵をいちいち並べて、防御を取らせる余裕などありはしない。
そのことを俺は瞬時に理解する。
自らの味方を味方とも思わない大型魔物の手口に、呆れたものだと思いながらも、大型魔物が放つカースの魔法に向かって、俺は単身駆けた。
――相棒、頼むぜ。
心の中で左手の剣に語りかけ、俺の眼前に迫るカースの魔法に向けて、剣を振り下ろした。
――ズガガガガガッ
カースの魔法が、巨大な力となって剣に食い込んでくる。
「野郎っ!」
その威力に俺は悪態をつくが、これなら押し切れると判断する。足を踏ん張り、あらん限りの力で、前に足を踏み出す。
「うおおおおっっっ」
叫び声をあげ、俺は剣を振りかぶった。
――ズワンッ
剣が振り抜けた瞬間、カースの魔法が俺の剣によって真っ二つに分断された。カースの魔法は力を失って、消え失せた。
直後、この事態に気づいていたらしいアリサの魔法槌から、巨大な氷の刃が、大型魔物へと飛翔する。
魔物は赤い目をぎらつかせて、こちらをにらんだようだが、氷の塊を空中で回避すると、そのまま「覚えてろ!」と言わん表情で、上空へと消え去った。
魔物が姿を消していくのを確認して、俺は手にした愛剣に語りかける。
「さすがだ、相棒」
相棒にねぎらいをかけると、それに答えるように、黒い剣はキラリと刃を光らせる。
この剣は、ただの剣ではなく、いわゆる≪魔剣≫と呼ばれるものだ。
魔剣と言われるからには、非常に曰くのある剣で、持ち主の命と魂を奪い続ける代わりに、あらゆる魔法の力を切り裂くことができる。むろん、強力な魔法であればあるほど、剣が吸い上げる生命力の力は大きくなり、やがて持ち主の命を、魂の全てを飲み込んで、死に至らしめる恐るべき呪いの剣だった。
この剣の力に魅入られ、いままでに数多くの持ち主が命を奪われてきたという。
俺が一度だけこの剣をゲイルに握らせたことがあるだが、強面のあの男が、剣を握った手をすぐに放してしまった。
「若大将、これは人間に使えるもんじゃないですぜ」
ゲイルは顔に冷や汗を浮かべ、柄になく強面の顔面を蒼白にしていた。
どうやら、本当にとてつもない呪いが付加されているようだ。だが、なぜか俺だけは、この剣から命を奪われることがなかった。この剣が俺を主として認めているのか、あるいは何か別の理由によるのかは分からない。だが、理由のいかんにかかわらず、俺はこいつを相棒と見込んで今まで振るい続けている。
…今は、そんな理由を考えている状況ではなかった。
俺は、剣のことを考えるよりも、目の前で広げられている戦いに意識を戻した。
あとがき出張所
「お、お兄ぃ・・・隊長」
危ない危ない。ついお兄ちゃんと言いかけたところを、隊長と言い直す私。
「なんだ、アリサ?」
私の前では、黒髪黒眼。全身に黒衣の戦闘衣を纏ったお兄ちゃん・・・隊長の姿がある。長身痩躯、長い脚をさらりとさせ、きりりとした目元が印象的でかっこいい。まるでここではないどこかの世界にいる、モデルの様に整った美男子だ。
血はつながってはいないけど、それでも私の自慢のおにぃ・・・隊長なの。
「隊長。私たちの出番がようやく回ってきたね」
「・・・ああ」
私の言葉を聞いた瞬間、お兄ちゃんが苦虫を噛み潰したような表情になった。よくわかる、お兄ちゃんの心が私にもよくわかる。
「・・・この話って、お兄ちゃんが主役なんだよね」
「・・・」
もう、隊長と呼ぶのをやめて、お兄ちゃんと呼ぶことに決めた私。読者の皆さんがいるけど、だって、ここは本編と何の関係もないあとがきなんだもん。だから、私がお兄ちゃんのことをどう呼んでもいいんだもん。
「アリサ、気にするな。ヒーローってやつは一番の見せ場に登場する物さ」
「でも、このままだとあの人に全部いいところ持ってかれ・・・」
「頼む、それ以上何も言わないでくれ!」
悲痛な表情を浮かべ、目にはキラリと輝くものを浮かべたお兄ちゃん。その姿に、私は思わず息が詰まった。
「ゴ、ゴメン」
「いや、いいんだ。俺が頼りないばかりに、出番が回ってこなくて・・・すまない」
「謝らないで、お兄ちゃんのせいじゃないよ!」
ちょっと泣きかけているお兄ちゃんが可哀そうになって、私はその体をギュッと抱きしめた。お兄ちゃんと私だと、身長差がありすぎるから、お兄ちゃんの腰に抱きつく形になっちゃったけど。
「アリサ・・・ありがとう」
「ううん、私はこれぐらいのことしかできないから」
お兄ちゃんはしばらくうつむいていたけど、やがて私の頭をポンポンと優しく撫でてくれた。
「お兄ちゃん、元気になってね」
「ああ」
少し物悲しそうだけど、それでもお兄ちゃんが浮かべてくれた笑顔がうれしくて、私もにこりと微笑みを返した。
「いやー、若いもんはいいですなー」
そんな兄弟愛(???)に満ち溢れた光景を見ながら、山賊顔のゲイルが、不精髭をかきながら言う。
「うらやましいなー、俺も彼女欲しい」
ポツリとぼやく、アーチャー。
「・・・さっさと本編に戻りましょう」
そんな男たちを冷やかな視線で眺めつつ、冷静なユエメイはいつものように冷静に告げる。
「おー、そうだとも早く本編に戻ろう」
「そうそう、本編だよ本編。そうしないと、私たちが活躍できない!」
ユエメイに続いて、ファンとリーの2人がこぶしを上げながら元気な声を出す。
「だから作者さん、私たちの出番を忘れずに書いてね」
「うんうん」
元気に語り掛ける2人の乙女である。