5
5
ユウナスのもとへと向かう途中、私は魔族に襲われた。
対峙する魔物の剛腕が私に向かって突き出される。
右に体をそらしながら回避するが、髪の二、三本が腕に巻き込まれてぷつりと抜けた。
――今、私の顔を狙ったわね。許せない奴。
魔物の攻撃は一撃で人間を殺せるほど強力だ。でも当たらなければ意味がない。それに、そんなもので怯える私ではない。口には微かに笑みを浮かべ、魔物の懐へと一気に飛び込む。
駆け抜けざま、左手に握った剣を魔物が振り下ろした腕に斬り入れる。
――チッ
だが、返ってきたのは、剣が魔物の肉を浅く切った感触だけ。とても魔物に深手を与えるものではなかった。
――なまくら剣め!
今握っているのは、あのとき使った近衛兵の剣ではない。近くにいた兵士から取り上げた剣だ。戦場で用いる剣なのに、魔物の体をろくに裂くこともできないとは、嘆かわしい。
私は心の中で悪態をつきながらも、口の笑いを止めることができなかった。
そのまま、魔物の懐に飛び込む。
――二コリ
私が浮かべた笑みを、魔物の瞳が捉えていた。その瞳が激しく動揺しているのが見て取れる。
――恐怖しているのね。
魔物が怯える様を冷静に見ながら、私は握った剣を魔物の心臓がある胸へ突き立てた。
いくら鈍ら剣とはいえ、鋭い突きの一撃が体の中へと侵入する。
――グオオオォォォンンン
魔物が絶叫を上げる。
――でもまだだ。心臓にまで、届いていない。
この剣では、魔物の体を貫ききれない。
「雷撃!」
私は魔物に視線を据えたまま、背後に待機している兵に命じる。その場からバックステップをとり、魔物から距離をとった瞬間、私の背後から雷の一撃が現れた。
雷は、魔物の体に突き立った剣へと一直線に向かう。そのまま金属である剣に流れ込み、剣を伝って魔物の体の中へと侵入する。凄まじい雷撃の音と、高圧の電流によって肉が焼け焦げ、体中の血が沸騰する音と匂いが周囲にあふれる。
魔物の体は駆け抜ける電流にガクガクと震え、やがて音もなく地面へと倒れ伏した。
魔物が死んだことを見てとり、私はゆっくりと背後を振り向いた。そこには、エスト兵長率いる、私の戦友たちが揃っている。先ほどの雷は、この部隊の魔導兵が放ったものだ。
「閣下、お一人で戦われるのは危険です」
「あら、私があの程度のことで死ぬの?」
私たちの前に魔物が現れた時、真っ先に突撃したのは、私だった。その姿を見ていたエスト兵長は、私の戦いぶりを褒めるより、口を酸っぱくしている。
「閣下が死ぬなどありえましょうか。ですが、あえて一人で突撃なさる必要もないでしょう。それに我々にも戦いを譲ってもらいませんとな」
戦いを譲ってもらいたい。ニヤリと片唇を上げて、エスト兵長が笑っている。
――いい答えね。
私の身を案じる程度の戦友はいらない。でも、譲ってくれというのはとてもいい響きだ。
「まったく仕方のない人たち。いいわ、あなたたちに戦いを譲ってあげましょう」
私がにこりと答えると、エスト兵長は獰猛な光を目にたたえた。逞しい、歴戦の戦士の面構えだ。
そんな私たちの元に、上空からさらに魔物の一体が飛び込んできた。
私は咄嗟に傍にいた兵士が持つ槍を取り上げ、それを力任せに上空へと放った。槍は空中から襲ってこようとした魔物の左目に鋭く突き立つ。
「グオオォォォッッッ!」
人間よりはるかに頑強な魔物でも、目は例外だ。片目を失い苦痛の雄叫びを上げる魔物。
だが、私はそんな姿に同情する必要も覚えしない。
魔物を掃討すべく、片手を上げて、戦友たちに命令を放つ。
「弓兵、目を狙え!」
私の命令に即座に、弓兵たちが弦を引く。私は腕を上げ、そのまま無造作に、腕を振り下ろした。
――ピュッ
――ピピュッ
――ピュン
風を切る音とともに、数十の弓が魔物の体に突き立つ。その一本が、見事に魔物の残った右目を貫いた。
「グオオオッッッ」
魔物が再び暴れる。両目を潰されて視力を失ったが、私たちがいる場所は覚えているのだろう。そのまま魔物は空中から、私たちのいる場所へ突撃してきた。
直撃されれば面倒だ。
「大盾兵、防御。踏ん張りなさい、敵は全力でくるわよ」
私の命令に、即座に戦友の中から大盾を構えた十人からなる一隊が、前面に繰り出す。一列に並び、ガシンという音を立てながら、盾を構えて防御の姿勢をとる。そのまま腰を低くし、迫りくる魔物の突撃に備える。
直後、魔物が大盾兵たちが激突した。
魔物の強烈な突撃に、大盾兵たちが唸り声を上げながら堪え、堪えきった。
だが、魔物はまだ死んだわけではない。
視力を失った中で、むやみやたらと暴れ、両手を振り回す。
――ゴン、ゴワン。
不気味な金属音を立て、魔物の巨腕が大盾に激突する。それに耐える大盾兵とて、この強烈な攻撃をいつまでも耐えていることはできない。
「魔導兵」
私は再び命じる。
背後に立っていた魔導兵たちが、すぐさま行動を開始した。
魔導兵と呼ばれる彼らは、自らの身長よりはるかに高い杖を掲げている。その杖は鉄製で、杖の先端には、大人の顔ほどもある巨大な水晶が乗っている。魔水晶と呼ばれる、魔導の力を引き出すための水晶だ。
巨大な杖-…いや、杖と呼ぶにはあまりにも巨大なそれは、その形と相まって、巨大な槌のようにも見える。そのために、この武器についたあだ名は、≪魔法槌≫という。
三人いた魔導兵たちは、魔法槌を石畳の地面に突き立て、呪文の詠唱を行う。
三人の詠唱は三重の音となって重なり、そのすべてが一糸乱れることなく、同じ言葉を口にしている。時を合わせたように三つの魔水晶がバチバチと光を放ち、生み出された雷撃が魔物ら向けて一斉に放たれた。
――バリバリバリバリ。
電撃が魔物に直撃し、空気を振動させて音を立てる。魔物が再び苦悶の声をあげ、ブスブスと肉を焦がす。
だが、先ほどの魔物は、体内に剣が突き立っていた。そのおかげで、体の中に電撃が流れ込んだ。それと違い、今度の魔物は電撃が体の表面を流れただけに過ぎない。魔物には明らかに大きなダメージが蓄積しているが、それでもまだ死んでいなかった。
――グルルルッ
最後の力を振り絞るように、魔物が喉の底から唸り声を上げる。しかし、私は魔物が態勢を立て直す間など与えるつもりはない。
「攻撃姿勢」
私が命じると、それまで前面で守りに徹していた大盾兵が左右に分かれる。そして、背後で待機していた、剣士と槍兵が一斉に武器を構える。
「突撃」
続く私の命令を受け、彼らは一斉に魔物へと向かって突撃した。
群れて突撃する兵士たちの攻撃に、魔物は弱々しい絶叫の声を上げ、体の各所を切り刻まれていく。やがて最後の鳴き声を上げ、絶命した。
ズズンと、巨大な体が石畳の地面に倒れ伏し、力なく腕を横たえる。
「行きますよ」
私が戦友たちに告げると、エスト兵長が短く腕を動かして部下に指示を出す。
私の周囲を守るように戦友たちが集い、倒した魔物を背後に、再び城の中を歩き始めた。
それからほどなくして、城内を進んでいく私の視界に、黒衣に身を包む部隊の姿が目に入った。
あとがき出張所
「閣下大変です」
取り乱したユウナス将軍の姿を見て、私こと、クレスティアは微笑を浮かべた。まあ、この子が取り乱しているところは可愛いわね。思わず抱きしめてあげたくなる。
「何が大変なのかしら?」
しかし、私が密かに思ったことは顔にださず、そう口にする。
「実は閣下が活躍するあまり、この話の主役が完全に脇に追いやられてます」
「主役?」
私は一瞬口の端を曲げたが、手招きしてユウナスを近くに呼び寄せる。
もっと近くに来なさいと、さらに手招きし続けると、彼はようやく私の考えを察したのか、息がかかるほど私の近くにまで顔を近づけた。
ユウナスの息が私の顔にかかる。
―――もしかしてニンニクでも食べたのかしら?口臭がするわね。でも、可愛いから許してあげる。
私はニヤリと笑い、ユウナスの耳元に息をふっと吹きかけた。直後、ユウナスの体がピクリと振るえる。
―――このまま食べちゃいたい。
「か、閣下」
「あら、いいじゃない、これくらいのお楽しみ。ねえ、私の可愛いユウ」
そう言いながら、私はユウの体を抱きしめて、互いの頬をこすり合わせる。
「い、いけません。人前でこれ以上は」
「いいのよ、衆人環境でも私は楽しいから」
読者のことを気にして、アワワワッ、と慌てているユウの姿を見ていると、私の中でクツクツと意地の悪い笑いが起こる。
「こ、これ以上はダメです。それに、本当に主役が誰だか分からなくなって・・・」
無駄口を叩くユウの唇に、私の唇をあわせて強制的に黙らせる。
ユウの体温が唇から伝わってきて、恍惚とした温かさに包まれる。思わず上気してしまう私の体。それにユウの体も高揚して、熱い熱を放つ。肌から伝わってくる彼の興奮した熱に、私の体の底からも、さらに強く強い熱が湧き出してくる。
「うふっ、いいこと。この物語、この世界は、私のためにあるのよ」
長い口付けの後、私はゆっくりと言った。
「・・・はい、閣下」
ユウが赤くなった顔で頷いた。
―――ユウ、あなたはとてもいい子だわ。
微笑を浮かべる私。
でも、一方で冷徹な私は、こうも続ける。
―――主役?何を言ってるの、私のために世界(この話)は存在してるのよ!
もはや物語の主役とか、制作者の構想などというものを完全に叩き潰し、私は傲然と宣言した。
「・・・あ、あのう。マジで主役の座を奪わないでください~」
主人公然。いや、もうそんなものを飛び越えまくって、完全に世界(物語)の中心に毅然と立ち誇る姿。そんなクレスティアに、制作者がポツリとこぼす。
「まあ、こぼしたところで、この人の性格と出番が変わることなんてないケド」