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魔性の勇者  作者: エディ
第1章
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「クラウ」

 僕を呼ぶ母さんの声は、いつも穏やかで優しかった。あの温かな瞳を僕は決して忘れないだろう。

 その日僕は、近所の子供たちとの喧嘩で散々泣かされてしまった。父には、男の子が泣くもんじゃないと叱られたけど、母は優しく僕を抱擁してくれた。そして、ベットで一緒に眠りについたとき、母の穏やかな温もりが僕をとても安堵させた。

 幼い僕は、そんな日々が、いつまでも、いつまでも続くものだと思っていた。

 ・・・思っていた。

 だが、それは唐突にして破られた。

 僕の住んでいる街に、ある時から怖い人たちが集まるようになり、そしてそれから始まったのが戦いだった。

 住んでいる街を守る兵隊たちはあっという間に蹴散らされ、そこから始まったのは・・・赤く燃え上がる街の姿。それとともに、大勢の兵隊たちが乱入してきて、街の中で暴力と破壊、そして強奪をしていく様。

「クラウ、あなただけは生きて」

 僕の母は、街に乱入した兵隊によって殺された。母の顔が涙を流しながら、ドサリと僕の前に倒れた。その時の母の顔が目に焼き付いて、僕はピクリとも動けない。

 動けなかった。なのに、その後のことを覚えている。

 母を殺した兵隊が、何かわけのわからないどなり声をあげたながら、僕に剣を突き付けてきたことを。

 そして、

 ―――ドッ

 兵士の持つ剣が、僕の体を貫いた。

「うっ、ああっ」

「ギシシシッ」

 兵士は歯を抜き出しにして笑い声を上げる。その顔がひどく恐ろしかった。そして、僕の体からは、たくさんの血が止まることなく流れ出していた。

「あっ、ううっ・・・あっ」

 言葉を出すことさえできなかった。口の中からは温かな液体があふれだすのに、逆に体の中は冷たい感触が広がっていく。僕の命が流れ出していく感覚だけが、僕の心を鷲づかみにした。

「ク・・・ラ・・・」

 倒れた母の声が僅かに耳にこだましながら、僕の意識はそこで途切れた。


 次に気づいたとき、僕は真っ暗な暗い闇の中にいた。

「そうか、僕は死んじゃったのか・・・」

 だから、こんな暗闇の中にいるのだ。剣で刺されたんだもの・・・

「ううっ、母さん、母さん、死にたくないよ、死にたくない」

 泣きながら僕は助けを求めた。

 でも、顔を上げることもできずに、ただ泣くしか僕にはできない。

 どうしてらいいのか分からない。

 ここには、誰もいない。

 すごく寂しくて、冷たい。

 誰か、助けて。

「・・・たい、の?」

 その時、闇の中から声が聞こえた。

「だ、誰!?どこにいるの!?」

「・・・い、の?」

 また声がする。

「誰なの、お願いだよ、答えて!」

 ―――死にたくないの?

 僕の必死の叫びに、頭の中で突然明瞭な声が聞こえた。

 ―――あなたはまだ、死にたくないのね?

「だ、誰なの?」

 ―――まだ、死にたくないの?

 同じ言葉の繰り返し、でもその死にたくないのかと尋ねる声に、僕は答えた。

「・・・僕、まだ死にたくない!生きていたいんだ!」

 ―――ならば、生きなさい。

 僕が答えると、頭に響いていた声が、強い力で僕の背中を押しだした。

 次の瞬間、僕は闇の中から抜け出していた。そして、僕の体を貫いていたはずのあの剣もなくなっていた。

「あれ?おかしいな?ここは、どこ?」

 気がついたときには僕は生きていた。でも、自分のいる場所がどこなのか、まるでわからなかった。辺りにはどこまでも、何もない荒野だけが広がっていた。

「ここはどこ?それに、母さん・・・うっ、うううっ」

 自分のいる場所よりも、目の前で母さんが力なく倒れた光景を思い出してしまった。

「母さん、母さん・・・うわわわんっ」

 僕はただひたすら泣き続け、そのあとのことは何一つ覚えていない。

 あの日、僕は住んでいた街と、母さんを失った。父さんも、そして、僕をよくいじめていた友達も、もう死んでしまった。

 僕一人だけが、たった一人だけは、生き残ってしまった。


「母さん・・・か」

 暗い闇の中で、俺は瞬きをした。

 ついさっきまで眠っていた。まだ、ぼんやりとして意識がはっきりしない。そんな頭で、俺は周囲に目を向けた。まだ、外は夜の闇の中にあるらしく、暗い闇に包まれている。

「嫌な夢だな」

 そう口にして、俺は口の端をゆがめた。

 まだ目覚め切らない頭の中では、昔の思い出が、ぼんやりと続く。

 かつて、俺が住んでいた街ミツカは、アースガルツ帝国の商業として繁栄していた都市だ。しかし、アースガルツ帝国と対立していた隣国、セントラーディ王国の急襲によって滅ぼされた。

 くしくも、その頃アースガルツ帝国は、大陸北部の征伐に軍の主力を派遣していて、主力不在の隙を突いたセントラーディ軍に攻め込まれたのだ。ミツカの街には、僅かな守備兵がいただけで、街の落城はあっという間。街の落城後、セントラーディ軍は街の中へと乱入し、暴力と略奪を始めた。

 その暴挙の一つが、俺が立った今夢で見た記憶だ。

 俺の母を目の前で殺し、家族を殺し、友達を殺し、そして俺も殺された。殺されたはずだった。

 だが、俺はなぜか生き残ったのだ。

 ――俺だけ・・・たった一人。他には、誰もいない。

 俺の気がついたときには、何もない荒野の中で、ただ一人で立ち尽くしていた。

 と、そこでまで思い出し、俺は苦い顔になって頭を振った。

「今更忘れられるはずもない過去か・・・」

 幼かった俺が経験した苦痛の記憶は、どれだけ時がたっても忘れることはできない。

 そして、この夢を見てしまえば、もう眠るのは無理だとあきらめるしかない。どうせまた眠ろうとしたところで、この悪夢が再び襲ってくるのが分かっているからだ。

俺は眠ることを早々に放棄すると、暗い闇の中にランプの明かりを起こし、軽く身支度を整え、漆黒の戦闘衣を纏う。

この戦闘衣だが、これはクロム鋼と呼ばれる特別な鉱物から作られている。クロム鉱は、物理・魔法的に高い耐久性を持った貴重鉱物で、普通の鉱物と違って加工すると糸のようになる。それを編み上げることで、光沢のある黒い布地の戦闘衣ができる。

俺の纏う黒衣の戦闘衣は、ロングコート状になっていて、足元にまで届こうかという生地が、マントのようにはためく。

この戦闘衣を纏った後、俺は腰に愛用の剣を吊るした。

 ――よう、相棒。

 僅かに剣を引き抜いて、黒い刀身に語りかける。黒い剣は何も語りはしないが、俺はこの剣が自分の相棒であると信じている。

 黒い戦闘衣に、黒の愛剣。ついでに、俺の髪と瞳も黒なので、全身黒尽くめというわけだ。なんともユーモラスの欠片もない格好だ。

俺は剣を鞘に戻し、ランプの光を消して部屋の外に出た。

 外に出ると、大きく欠けた月が夜空の端にあった。弱々しく光る月の姿はなんとも頼りなく、大地を照らし出すにはあまりにも光が弱い。だが、月の光が邪魔しいなことで、空には圧倒的なスケールで輝く星々の姿があった。

 漆黒の闇夜。

 そう呼びたくなる暗い闇だ。

 その中を星々だけは強く瞬き続ける。

 そんな夜闇の中だったが、俺が歩くには、この月の光でも十分だった。

 ――コツコツコツコツ。

 ひんやりとする夜気が身に沁み込む中、石でできた回廊を歩いていく。

 途中、俺の傍を明かりを持った見回りの兵士がやってきた。

「誰だ!」

 闇の中に俺の姿を認めて、兵士が誰何の声を上げる。

 当然だろう。全身黒尽くめの俺のが、明かりも持たずに歩けば、とてつもない不審者だ。いや、この場所のことを思えば、暗殺者扱いされて、突然切りかかってこられても文句を言えない。

 俺は敵意がないことを示すため、両手を上げながら兵士に名乗った。

「クロウ・・・小隊の指揮官だ」

「小隊の指揮官?」

 明かりの中で、兵士は不審な顔を浮かべる。

「・・・黒衣の小隊と言えば分かるか?」

 黒衣の小隊。その言い方はあまり好きな言い方ではないが、その言葉を聞いた瞬間、兵士は体をビクリと緊張させ、慌てて姿勢を正した。

「こ、これは失礼しました。黒衣の小隊の隊長殿でしたか」

 兵士の不審な態度は一転、ビシッと敬礼をして、態度を改める。

「ああ・・・」

 あまりの代わり身の早さに、俺はやや呆れてしまった。

「ですが、こんな夜更けに明かりも持たず何用で?」

「眠れなくてな。少し夜の空気を吸いたかっただけだ」

「そうですか・・・」

 兵士の声に、いくばくかの疑念が浮かび上がる。

「もう、行っていいか?」

「・・・はい」

 疑念を持つ兵士だが、俺の正体を知って、これ以上引き留めるつもりはないようだ。そのまま敬礼する兵士に見送られ、俺は再び歩き始めた。

 歩きながら、仕事熱心な奴だな、と対して勤勉でもない俺は思ったりする。だが、あの兵士が特別勤勉というわけではないのだ。

 何しろ、ここはアースガルツ帝国の帝都グランベルト。それもただの街中ではなく、帝国の主たるグランディート大帝の住まう居城の内部だ。兵士の警戒が厳重で、ついでに仕事熱心であるのも当然のことなのだ。

 その居城の中を、俺は目的の場所へと歩いていった。

 ただその間に夜警の兵士に何度か遭遇し、そのたびに身分を明らかにする。どの兵士も、こんな夜中に歩きまわる俺に不審な顔を浮かべる。だが、不本意ながら名前だけは有名な俺を、引き留めようとする兵士は誰もいなかった。

 そうして、目的の場所にたどり着く。

 ――ビュウウウッ

 強烈な風が吹きつけてくる。

 そこは城の城壁の先端で、地上一〇メートル近くの高さがある。落ちてしまえば、間違いなく生きていれなられない高所。強風に煽られれば、一貫の終わりだ。

 そんな危険な場所だが、俺は眠れないときはいつもここにきているので、勝手知った場所だ。

 無造作に城壁に腰か、そのままゴロリと横になる。そのまま天上に広がる満点の星空を見上げた。

「いいな」

きらめく星々の姿に、素直に感動した。

 星はあんなにきれいに光っている。ひとつひとつは小さいのに、そのすべてが集まる星空は、なんて巨大なスケールなのだろう。それを思えば、俺みたいな人間が、どれほど小さいことだろうか・・・

 そんなことを思いながら、俺は数を数え始めた。

「一、二、三・・・」

 空の星だ。

「一〇、一一、一二・・・」

 何も考えたくないときは、無意味なことをしていればいい。過去の記憶をこれ以上思い出したくない俺は、無意味に空の星の数を数え続けた。


 それから、どれだけ時間が過ぎただろう。

「・・・二二〇〇八、二二〇〇九・・・チッ、もう星が見えないか・・・」

 地平線の向こうが明るくなり始め、数えていた星の光が消えていた。星が見えなくなると、俺はすぐに数えていた数を忘れた。覚えている意味もないことだからだ。

 そして、遥か彼方、まだ登らぬ太陽のことを思いながら、俺は呟いた。

「今日が、また始まるか」

 眠れなかったこともあって、地平線の明るさが無性に不愉快に思える。だが、俺がどう思ったところで、今日という日はこれから始まるのだ。

 俺は城壁に預けていた体を起こすと、大きく伸びをした。

「ふああっ」

 と、今頃になって欠伸が出る。どうせならば、夜中に出てくれれば、もう一度眠りにつけたのに・・・いや、どうせ寝たところでまた悪夢だろうが。

 俺はかぶりを振ると、地平線の向こうからうっすらと姿を現し始めた太陽を眺めた。夜の光に慣れていた俺の目に、太陽の強力な光が入り込む。

 一瞬目を細めて、俺はその眩しさに照らし出された世界を眺めた。

 だが、空の向こうからは、太陽の光を遮るかのように、鈍色の雲の姿が見てとれぬ。まだ雲が空を覆っているわけではないが、今日は曇りになるかもしれない。

 ――ンッ?

 と、そこで俺は肌に泡立つ気配を感じた。

「・・・まだ何もない。だがもしかすると・・・」

 ――もしかすると、何か起こるのか?

 そんなことを考えている時、背後からトコトコという足音がした。

 この城の中で、こんな足音をする奴を俺は一人しか知らない。

 俺が振り向くと、そこには栗毛色の髪と瞳をした少女の姿があった。・・・まあ、少女というが、実年齢は18歳だ。ただし、年齢に比べて恐ろしく成長が遅れていて、俺が視線を下に向けないとその姿が見えないほど小さな奴だ。見ず知らずの人間からは、いつも子供扱いされていて、それをいつも悩んでいるらしい。

 そんな小さな奴だが、これでも俺の部隊の兵士――つまり俺の部下なのだ。この小さな奴を部隊の男連中は、愛くるしくてキュートだとよく言っているが、俺には、そんなことはよくわからん。

 ・・・少し話がずれてしまったが、この小さい女の名前は、アリサだ。

「お兄・・・じゃない、隊長!」

「ここは2人だけだ。いつもどおりでいいぞ」

 アリサの声は、見た目と同じで少女のような高い声をしている。部隊の中では、エンジェルボインなどと呼ばれる――愛らしい声・・・らしい。

「じゃあ、遠慮なく。お兄ちゃん、ここにいるってことは、まさかまた夜更かししたの?」

「少し早く起きただけだ」

 ―――ジトー

 アリサが俺を胡散臭そうに見てくる。

 アリサが兄と呼んでるので分かるだろうが、俺とこいつは兄弟だ。といっても、血のつながった兄弟ではなく、育ての親が同じなのだ。血はつながってなくても、それでも10年以上家族として育ってきた。俺もアリサも、互いのことをよく知っている。

 アリサのジト目には慣れているので、俺はポンとアリサの頭に右手を置いた。

「・・・夜中から起きてた」

「ムー、ダメじゃない!部隊の隊長が夜更かしして眠れなかったなんて、ダメダメじゃない!」

 子供みたいな姿のアサリが、頬をプープー膨らませて抗議する。その姿は、玩具を取り上げられて、ダダをこねるただの子供にしか見えない。

まったく困った奴だ。・・・いや、困ったのは、徹夜した俺の方かもしれないけど・・・

「安心しろ、一日二日徹夜したぐらいで死にはしない」

「私が言ってるのは、そういうことじゃないの!・・・もう、お兄ちゃんってば!」

 また頬を膨らませるアリサだが、そんなアリサの頭を撫でながら、俺は「ごめんごめん」と謝った。

「もう、そうやって、いつも言葉だけなんだから」

 と、相変わらずアリサの機嫌が治る様子はない。だが、そんなアリサの傍で、俺はぽつりとこぼしてしまった。

「今日は、何かあるかもしれないな」

 ほんの何気ない一言だったが、アリサは小首を傾げた。

「いや、なんでもない」

「もー、へんなお兄ちゃん」

 俺が微笑を浮かべて誤魔化すと、アリサはまた頬をプーと膨らませた。相変わらず一八歳という年齢が詐欺にしか見えない、幼い姿だ。

 そんな彼女とともに、俺は城壁を後に歩き始めた。


 だがこのとき俺の感じた気配は、この日の午後現実のものとなる。

 東の空に浮かぶ鈍色の雲は、徐々に空に広がっていき、登ったばかりの太陽を覆い隠し始めていた。


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