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ユウナス将軍と彼に従っていた兵士たちは全滅した。皆、跡形も残らず黒い灰と化し、その灰までもが完全に消え去ってしまった。彼らは血の一滴も、肉体の一片も残すことなく、文字通り消え去っていた。
戦いの記憶は鮮明さを書いていたが、それでも俺が灰にしてしまったことは確かに覚えている。
あの時と同じだ。
何も残らない、荒涼とした荒れ地がどこまでも続く場所。かつて俺が住んでいたミツカ。
俺は自分の右手を強く握りしめながら、その手を見た。
「…やっぱり、俺、なのか…俺が、ミツカの街を…」
それは俺が決して考えたくなくて、目をそらし続けていたことだ。だが、この場にいた兵たちを無残にも消滅させた力は、間違いなく俺のものだった。ミツカの街が滅びた時に見た闇と、まったく同じ力。
そして俺の力を見た兵士たちは、口々に言っていた。
「≪魔族≫」と。
「俺は一体何なんだ…」
つぶやいたが、途端俺の体が急に前に倒れた。手を突き出し、危ういところで受け身をとる。
「クッ!」
戦いで忘れていたが、ユウナスに切られた傷は、かなりの深手だった。傷口から血が流れ出し、床へと広がっていく。それは赤い色をした人間の血。
魔族が流す、黒や緑の色をしてはいない。
でも、俺は≪魔族≫かもしれない。いや、あんな力が使えるなら、魔族以外に考えられない。俺は、人間じゃないのか…
傷口の痛みと共に、自分の正体が恐ろしく思えてくる。もしかすれば、人間だった俺はミツカの街で死んで、あの闇の中で魔族にでもなってしまったのか。俺が魔族だから、部隊の仲間たちが死んでしまった。
それはあまりにも飛躍した考えかもしれない。でも、そうでも思わなければ、俺は仲間たちの死を受け入れることができなかった。いや、彼らが死んだのは、自分のせいだと責めたいのだ。彼らを率いていた俺が、あまりにも愚かだったせいで、彼らを殺してしまった、と。
暗い思いに取りつかれてしまう。
「お兄ちゃん」
そんな俺の傍にアリサが立っていた。
「アリサ…無事だったか」
仲間の多くが死んでしまったが、それでも妹が無事であったことに微かに安堵した。
「お兄ちゃん、今すぐ回復魔法を…」
「触るな!」
心配するアリサが手を差し出してきた。だが、俺はその手を恐れた。
――ビクッ
アリサの体が強張り、俺に触れようとした手を止めた。
ショックだった、自分がそんな言葉を口走ってしまったことに。そして、アリサを怯えさせたことに。だが、アリサが俺に触れれば、大切な妹まで灰になってしまうのではないか。そのまま消え去ってしまうのではないか。俺は本気で、そのことを恐れた。これ以上、≪俺のせい≫で誰かを失うことなんてできない。
「……」
「……お兄ちゃん?」
沈黙する俺に、アリサがどうしたらいいのか分からずに、突っ立っている。俺も、何も言葉が出てこない。
「隊長、さっきの戦いを私たちは見てました」
――ビクッ
ユエメイの声だった。だが、今度体を強張らせたのは、俺の方だ。
「…なら分かるだろう。俺は人間じゃないんだ。触れた奴を片っ端から消してしまう、魔族だ!俺がいたせいで皆は…」
――パシンッ
魔族。そんなことは認めたくない。でも、あの力を見てしまえば、そう言う以外になかった。俺がいたから、皆死んでしまったんだ。大切な仲間たちが…
そう口走ろうとした俺の頬に、ユエメイの掌が叩きつけられた。
「バカなことを言わないでください。隊長は私たちを助けようとして戦ってくれていたじゃありませんか。ううん、それだけじゃない。私たちは同じ部隊の仲間として、今までどれだけの死線を潜りぬけてきたと思ってるんですか!隊長がいてくれたから、皆戦ってこられた。私も、隊長を信じて、ずっと戦ってきたんです!
私たちは隊長が例え魔族だったとしても、信じています。私たちはただの仲間じゃない、命をかけた場所で戦い抜いてきた≪戦友≫なんですよ!」
ユエメイの言葉が、俺の胸に突き刺さる。
「なのに、その隊長が私たちを信じてくれないんじゃ、あんまりです」
――ポロリ、ポロリ。
ユエメイの黒い瞳から大粒理涙がこぼれていた。普段は口数も少なくクールにしている彼女が、口をわななかせて、顔をクシャクシャにしている。
「隊長を信じて今まで戦ってきた皆のためにも、そんなこと二度と口にしないでください」
ユエメイの声は泣いていた。強い言葉ではなく、崩れ落ちるほどに弱いささやきでしかなかった。だが、その言葉は俺の胸に深く突き刺さった。
「すまない…自分のことに気を取られすぎて。…俺が皆を信じられないなんて、ひどすぎるよな。…皆、俺たちの大事な戦友だ。クウッ、ゲイル、アーチャー…皆」
死んでいった仲間たちのことが次々に頭に浮かび、俺の目からも温かな涙が零れ落ちる。
「ううっ、うううっ」
気がつくと、ユエメイも両手で顔を隠して嗚咽を漏らしていた。傍にいるアリサも、耐えきれなくなって仲間たちの死を悲しむ。この様子を眺めていたファンとリーも、互いに抱き合ってワンワンと泣き始めた。
生き残ったのは、俺と彼女たちだけだ。後の皆は死んでしまった。魔王との戦い。そしてまさか味方に殺されることになるとも思いもせずに。
――皆…すまない。そして、ありがとう。
泣声だけが続いていたが、やがてそれが落ちつくと、ユエメイが俺に手を差し出してきた。
ユエメイは黒い瞳に穏やかな光を宿していた。その瞳が暖かくて、差し出された手がとても優しかった。俺はその手を震えながら触ろうとする。もしかすれば、またあの力のせいで、襲ってきた兵士たちと同じように彼女まで、灰となって消えてしまうのではないか。その恐怖が、まだ俺の中にあった。
俺は指先でユエメイの差し出された手を軽く、トンと触れる。
――よかった、何も起こらない。
そう思った直後、ユエメイは俺の手を握りしめ、両手でギュッと抱きした。その行動に俺は驚かされた。もしかしたら、俺のせいで消えてしまうのではないか。ユエメイは、そのことを考えなかったのだろうか。いや、確実に考えただろう。しかし、そんな俺の思いも、彼女が握ってくれた手の温かさで消えていった。手のぬくもりだけでなく、そこには温かな思いも存在している。
「大丈夫。私が触れても、大丈夫」
あの戦いで、俺は手だけでなく、心まで冷え切っていた。ユエメイの手から伝わってくる人の温かさが、俺の心の中に入り込み、冷えていた心に温もりを与えてくれる。
「アリサ、早く回復魔法を」
「あ、うん」
ユエメイがそう言うと、まだ涙を顔に浮かべていたアリサが、慌てて俺の体に触れる。魔法の詠唱を始め、回復魔法の温かい光があふれていった。
俺は自分の正体すら分からない。たぶん人間ではない、兵士たちが言っていたように魔族なのかもれしない。自分の中に起こる疑念は全く消えることはない。
そして、たくさんの仲間を失ってしまった。ゲイルもアーチャーも、他の多くの戦友たちを。七〇人の仲間たちが、今では俺を入れてたった五人だけになってしまった。
それでもまた、仲間がいる。
俺はまだ、こんなところで逃げるわけにはいかない。彼女たちのためにも、まだ生き続けなければならない。
――アリサ、ユエメイ、ファン、リー。ありがとう。
その後俺たちは、魔王の城から脱出し、魔都ローヴァンナイトを後にした。
ユウナスは宰相の命令によって俺たち黒衣の部隊を殺すと言っていた。ならば、このまま魔都に留まり続けるわけにも、軍隊に留まり続けるわけにもいかない。
宰相であれば、命令一つで俺たちを簡単に殺してしまうことができる。
ならば、今の俺たちにできることは、彼女の目に見つからない場所に逃げることだけだ。
そんな俺たちにとって、幸いと言うべきだろう。≪黒衣の部隊≫への殺害命令は、魔王の部屋に現れたユウナスとその直営部隊にしか伝えられていなかったようだ。魔王の部屋から出た時、俺たちは他の兵士からから襲われることなくすんだ。彼らが死んだ今、遠征軍で他に俺たちを襲ってくる者はいないだろう。
俺たちは制圧なったばかりで、いまだ混乱している魔都ローヴァンナイトを後にした俺たちは、とりあえず、その日はローヴァンナイトの近くにある森の中に潜み、兵士たちをやり過ごすことにした。皆、魔王との戦いに疲労しきっている。おまけに、仲間のほぼすべてを失ってしまったことが、体だけでなく、心まで重くしていた。
いまだに、彼らの死の衝撃は俺たちの中に存在している。
「ゲイルって、いつもくだらないこと言って、私たちをナンパしてた。四十近いおじさんのやることじゃないよね」
「ほんと、それにあの顔でナンパするんだもの。ナンパよりも、俺は山賊だーって叫ぶ方が絶対似合ってるのに」
「ほんとだよねー」
ファンとリーの二人が、互いにアハハと笑い声をあげた。でも、その笑いには楽しさや軽蔑はなく、悲しさの溢れた寂しい笑いだった。
「それに、アーチャーはいつも変な悲鳴上げてた」
「戦いの最中でも、あの悲鳴を上げるんだから、本当に変な奴だったよねー」
「おまけに超気弱で、私が一度ガンつけたことがあるんだけど、あいつビビッて後ずさりしてたよ…でも、悪い奴じゃなかった」
「もしかして、リーはアーチャーのことが好きだった?」
「…そうかも…しれない。あのバカ」
リーが地面を向いて、涙を流した。
でも、その後も二人は死んでいった仲間たちのことをあれこれと言い合い続けた。
それは、この二人流の死者への弔い方だ。
俺たちは戦場を幾度となく駆け抜けてきた兵士だった。ここまで多くの仲間の死に直面したのは、これが初めてのことだ。だが、それでも今までに仲間が死ぬ場所に何度となく居合わせ、彼らの死を嘆き続けてきた。だから人の死に、それが例え親しかった仲間であっても、そのことを乗り越えていける。
あまりに、死に慣れ親しみすぎているがゆえに、慣れてしまっているのだ。
多くの仲間の死の後でも、俺たちが再び立ち直るのに僅か二、三日の間しか必要としなかった。無論、全てを忘れてしまうわけでもないし、振り切ってしまうわけでもない。心の中には痛みが残る。しかし、そのことだけに捕らわれ続けはしなかった。
その後俺たちは、軍隊を避けながら、帝国の辺境の街や村を転々とした。
アースガルツ帝国が魔族を滅ぼした今、この大陸の全ては帝国に支配されている。しかし、あまりにも巨大な帝国であるため、辺境にまで監視の目が行き届いていない。
もし宰相が俺たちを探そうとも、辺境にいればその目をかいくぐることは容易だ。
しかし問題は路銀がないことだった。戦場から逃げ出してきた俺たちには、当然金目のものなど何一つ持っていなかった。
このままでは逃亡生活を続けるにしても、ろくな食事にありつけず餓死するしかない。軍隊経験で学んだ食料調達によって、辛うじて餓死を免れているものの、あまりにもわびしい食生活は悲惨だった。
だが、街道で山賊に襲われていた商人の馬車を助けた時、お礼にと金をもらえた。
「これからは旅人や商人の護衛をして、食いつないでいくしかないな」
俺の言葉に、ユエメイがコクリと頷いた。
「でも、私たちもう軍人じゃないのに、また武器を持って戦うんだ」
「仕方ないだろ。そうでもしなきゃ、食っていけないんだから」
俺の現実的な答えに、アリサは不安を浮かべ、ファン、リーが不満そうな顔をした。
「なら、今のままの生活でいいのか?」
ここ最近の食事事情を俺が口にした途端、彼女たちの不満はあっさりと飛んで行った。まだ武器を握り続けなければならない。多くの生と死が交錯した場所から逃げ出したのに、それがまだ続くのだ。彼女たちの不満はもっともだった。
とはいえ、生きていくにはそうするしかないのだ。
俺が兵隊になった理由は、生きていくためだった。それがこれからは流れの護衛に変わっただけだ。




