最後の晩餐
「お帰り。遅かったわね」
家のドアを開きながら、佳代は夫の春樹に言った。
春樹は鞄を佳代に預けると、靴を脱ぎ、羽織っていたコートを脱ぐと、それも佳代に手渡した。
「ご飯にする? それとも先にお風呂に入る? 出来ればもうご飯用意してあるから先に食べて欲しいんだけど」
春樹は軽く頷いた後、リビングに向かった。
食卓には暖かそうな夕飯が並んでいた。
「……そう言えば、さっきあなたを訪ねてあなたの会社の笹沼って女の子が来たわよ」
ネクタイを緩める春樹の手が、一瞬止まった。
佳代はそれに気が付かないまま話を進めた。
「あなた、あの子とどういう関係?」
春樹は何も言わなかった。
何か言うと口が滑ってしまうようなそんな危惧があったからだ。
「浮気なんてしてないわよね?」
佳代は笑いながらそう言った。
冗談でも言ったつもりなのだろう。でも春樹の不安を煽るには十分な言葉だった。
春樹は無言で目の前に並ぶ食事を口に運んだ。
「どう? 今日のハンバーグ美味しいでしょ?」
一転、佳代が自慢げに春樹に言った。しかし今の春樹の味覚はあって無いようなものだった。
「今日、新鮮なお肉が大量に手に入ったの。一からの手作りなのよ。おかわりもあるからね」
そう言って、佳代はにやりと笑った。