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それでも化物にならなかった  作者: ひろろん
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07話

 

 狐となっていた少女は、しばらく嗚咽を漏らしたまま俯いていたが、

 やがて小さく息を整え、ゆっくりと顔を上げた。


「……ごめんなさい。もう……もう大丈夫です」


 そう言って、そっと紅の腕から離れる。


 紅は少し安心したように息を吐き、周囲を見渡した。


「……さて。とりあえず、おじさんだけは埋葬しましょう。一人じゃ大変だし、手伝ってくれる?」


 少女は静かに頷く。


「えっと……そういえば、名前を聞いてなかったわね。あなた、名前は?」


 少女は一瞬だけ躊躇し、それから淡々と答えた。


「……31332です」



 紅は眉をひそめる。

「それは名前じゃないわ。ここで“呼ばれていた番号”でしょ。本当の名前は?」


 少女は少し目を伏せてから、静かに口を開いた。


「……アノです」


「アノ……ね。私は……」


 紅は言葉を止め、唇を噛みしめる。


「……ごめんなさい。昔のこと、何も覚えてないの。名前も、何をしていたのかも……全部」


 アノは驚いたように目を見開いた。


「……記憶が、ないのですか?」


「ええ。ここに連れて来られた理由も分からないの」


 しばし沈黙が流れた後、アノがぽつりと言った。


「……それなら……困りましたね。名前……どうしましょう」


 紅は少し考え、ふっと微笑む。


「ねぇ。アノが、私の名前を考えてくれない?」


「えっ……私が、ですか?」


 戸惑いながらも、アノは紅の姿をじっと見つめる。

 揺れる赤い髪。

 血と土に汚れていても、どこか目を引く色。

 しばらくして、小さく口を開いた。


「……その、綺麗な赤い髪から……(くれない)、という名前は……どうでしょうか」


 紅は一瞬きょとんとし、

 次の瞬間、顔を伏せた。


「……綺麗、だなんて……ちょっと恥ずかしいわ」


 それから、顔を上げて微笑む。


「でも……いい名前ね。ありがとう。今日から、私の名前は“紅”よ」


 こうして、名前は決まった。



 二人は年老いたおじさんの遺体を、人目につかない場所まで運び、


 スコップで静かに穴を掘った。

 土をかぶせ、手を合わせる。


 紅は目を閉じて言った。


「……助けてくれて、ありがとう。この命、大切に生きます。どうか……安らかに」


 アノも続けて頭を下げる。


「……あの時、私を殺さなかったこと……ありがとうございます。言われたことは、必ず守ります」


 二人はゆっくりと目を開いた。


 紅はアノに向き直る。


「さて……まずは食料を探しましょう。それから、この場所を離れる。――あなたを、魔物から人間に戻す方法を探すために」


「……はい、紅」


 二人は並んで歩き出した。





 一方その頃――

 遠く離れた、とある施設の一室。

 部屋の隅に刻まれた魔法陣が光を放ち、

 次の瞬間、光が収束する。

 そこに現れたのは、クリルトンと数名の兵士だった。


「……ふぅ。ようやく戻れましたね」


 クリルトンは肩を回し、溜息をつく。


「転移陣も、毎回一発で成功すればいいんですが」


 兵士の一人が同意する。


「まったくです、クリルトン様」


 そこへ、部屋の扉が勢いよく開いた。


「お兄様!!」


 若い男が駆け寄り、クリルトンに抱きつく。


「お戻りになられたのですね!僕、ちゃんと良い子にしてました!」


 クリルトンは苦笑しながら、その頭を撫でた。


「ああ、ただいま。本当に良い子だな」


 弟は嬉しそうに笑い、言った。


「お兄様、あのお方がお呼びです。それが終わったら……魔法、教えてくれますよね?」


「分かっている。話が終わって落ち着いたら、だ」


 そう言い、クリルトンは歩き出す。


 やがて辿り着いた部屋の中から、低い声が響いた。


「……クリルトン、入れ」


 中には机に座る一人の男と、

 その左右に立つ男女の従者。


 机の男が問いかける。


「随分と早い帰還だな。例の実験に進展はあったか?」


「進展……と言えば、ありました。ですが、予想外の事態が起きまして」


 従者の男が眉をひそめる。


「逃げてきた、だと?お前が?対処できただろう」


 クリルトンは肩をすくめる。


「さて……何のことでしょう」


 机の男が手を上げ、制止する。


「……続けろ。何が起きた」


「例の“土”を、ある女性に摂取させたところ……これまでのように爆死も、異形の魔物化も起こらず」


 一拍置き、言った。


「……狐の魔物に変貌しました」


 部屋が静まり返る。


「ほう……それで?」


「その狐と、緑色の一つ目の魔物を戦わせ、

 データを取ろうとしましたが……研究施設が破壊され、奴隷区画にまで被害が及びました」


「そこで、撤退したと?」


「ええ。戻ってきました」


 男は顎に手を当てる。


「ならば明日の午後、回収班を出す。狐と緑色の魔物の死体を回収し、洞窟は封鎖だ」


「……一つ懸念があります」


 クリルトンは静かに言った。


「狐のデータは不十分。生存して、逃げている可能性があります」


「分かった。注意しておこう。――下がれ」


 クリルトンは一礼し、部屋を後にした。


(……あの狐は、生きている)


 歩きながら考える。


(強度測定時、水晶は紫色だった。金、銀に次ぐ強さ……白の魔物に負けるはずがない)


 背後で、部屋の中の声が聞こえる。


「明日の洞窟調査には、選抜を送れ。お前たちは会談の護衛だ」


「了解いたしました」


「了解だ」


 こうして――

 静かに、次の火種は仕込まれていった。

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