06話
狐から人の姿へと戻った少女のすぐ近くで、
一つ目の緑色の魔物が、不思議そうにその姿を見下ろしていた。
魔物は、地面に潰したままにしていた年老いたおじさんの手を引き抜こうとする。
その瞬間――
ブシュッと鈍い音が響いた。
「――うがぁぁあ!!!」
魔物の手のひらを、何かが貫いていた。
激痛に叫び声を上げ、魔物は地面を転がる。
その叫び声に、少女はびくりと体を震わせ、ようやく周囲を認識した。
「……なに……?」
視線の先には、異様な姿の魔物。
そして――腹を深く抉られ、全身から血を流しながら倒れている年老いたおじさん。
「……どういう状況なの……?なに、あの化け物……?」
震える声で呟く。
おじさんは、苦しげに息を吐きながら少女を見ると、
ふらつく体で左腕を突き出した。
掌の上に、小さな炎の球体が生まれる。
「……お前は……はぁ……はぁ……さっきの狐か……?」
荒い息の合間に、必死に言葉を繋ぐ。
「この娘を……あんな目に合わせて……人の姿に化けた狐か……答えよ……!」
少女は、首を横に振る。
「……意味が分からない……!私は……人間よ……!」
その背後で、
再び立ち上がろうとする一つ目の魔物。
それを視界の端で捉えたおじさんは、
迷いなく炎の球体を放った。
炎は魔物にまとわりつき、瞬く間に全身を包み込む。
「がぁぁぁぁぁ!!」
魔物は地面を転げ回り、炎を振り払おうとするが――
火は消えない。
やがて、魔物の動きは完全に止まった。
炎が収まると、そこには――
黒焦げになった一人の人間の遺体が横たわっていた。
「……魔物が……人間……?」
少女は呆然と呟く。
「……じゃあ……私も……あれになって……彼女を……?」
おじさんは、ふらつきながら少女に近づく。
少女は一歩後ずさり、叫んだ。
「来ないで!!私は……化け物じゃない!殺さないで……お願い……!」
だが、おじさんは彼女を見ず、
血溜まりに倒れている記憶を失くした女性の元へと歩み寄った。
「……人の姿に戻った以上……今すぐ危険とは限らん……」
震える手で女性の体に触れる。
「……この子は……助ける……ワシの命は……もう、長くはない……」
淡い緑色の光が、女性の体を包み込む。
裂かれ、齧られ、骨が覗いていた傷口が、
信じられない速さで塞がっていく。
完全に治癒した瞬間――
おじさんはその場に崩れ落ちた。
二度と、動くことはなかった。
取り残された少女は、周囲を見渡す。
血に染まった地面。
壊れた壁。
黒焦げの人間の遺体。
そして、亡くなったおじさん。
「……これ……私と……さっきまで魔物だった人が……?」
膝から崩れ落ちる。
「……私は……どうしたらいいの……?このまま……人間で……生きていけるの……?」
誰も答えない。
「ねぇ……誰か……教えて……私……どうしたら……」
声は次第に嗚咽へと変わり、
少女は地面に伏して泣き叫んだ。
どれほど時間が経ったのか――
記憶を失くした女性が、ゆっくりと目を覚ます。
「……天井……?」
身体を起こし、肩に手を当てる。
「……治ってる……?私……死んだはずじゃ……」
辺りを見回し、気づく。
――ここは、拘束されていたあの部屋。
視線を移すと、部屋の隅に
人の姿の少女が座り込み、膝を抱えていた。
「……狐になった子……人間に戻れたのね……」
近づこうとした瞬間――
「来ないで!!」
少女が叫ぶ。
「私に……近づかないで……また……襲うかもしれない……」
女性は、その場で立ち止まった。
「……どうして戻れたの?私を治したのは……あなた?あの魔物は……どうなったの?」
少女は小さく首を振る。
「……分からない……狐だった時のこと……何も覚えてない……」
立ち上がり、距離を保ったまま歩き出す。
「……ついてきて……」
案内された先にあったのは、
黒焦げになった人間の遺体。
「……この人が……あの魔物だった人……」
女性は唇を噛みしめる。
「……やっぱり……人間……これを……あなたが……?」
少女は、首を横に振り、
亡くなったおじさんを指差した。
「……あの人が……あなたを治して……死んだ……」
女性は駆け寄り、
おじさんの胸に顔を埋めて泣き崩れた。
「……なんで……どうして……私なんかを……」
しばらくして――
女性は立ち上がり、少女に歩み寄る。
「……来ないでって言った……」
少女は逃げようとするが、
女性はその手を掴む。
「嫌よ。あなたが狐でも、関係ない」
抱きしめる。
「一人で背負わないで。あなたをそうしたのは……私にも責任がある」
頭を撫でながら、静かに言う。
「必ず、人間に戻す。だから……一緒にいさせて」
少女は、震える腕で抱きしめ返す。
「……ちがう……あなたは……悪くない……」
嗚咽混じりに、必死に言葉を絞り出す。
「……私……人間に戻りたい……化け物に……なりたくない……」
二人は、しばらくそのまま泣き続けるのであった。




