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それでも化物にならなかった  作者: ひろろん
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05話

 

 記憶を失った女性は、拘束椅子に縛りつけられたまま、必死に身をよじっていた。

 手足を繋ぐ鎖が軋み、冷たい金属音が部屋に響く。


 部屋の外から、人の気配はない。

 その代わり――


 ドォン。

 ガァン。


 壁の向こうから、何度も凄まじい衝撃音が伝わってくる。

 まるで巨大な何かが叩きつけられ、大地そのものが悲鳴を上げているような音だった。


「……外で……何が起きてるの……?」


 喉が震える。


「なんで……なんで拘束が外れないのよ……!おじさんは……狐に変わったあの子は……!」


 鎖を引く。

 だが、外れる気配はない。


「お願い……早く……早く外れて……!!」


 そのとき――

 乱暴な音を立てて、部屋の扉が開いた。

「お嬢ちゃん! 無事かい!!」


 飛び込んできたのは、年老いたおじさんだった。

 息を切らし、服は血と土で汚れている。


「おじさん……! 無事だったの……!?外は……外はどうなってるの!?」


 問いかけに答えず、おじさんは短剣のような刃を取り出し、拘束具に当てた。

 火花が散り、鎖が次々と切断されていく。


「……見ない方がええ」


 低い声で言う。


「このまま、あっちの出口から逃げるんじゃ」


「……え……?」


 拘束が外れ、女性はふらつきながら立ち上がった。


 だが――その言葉を聞き終える前に、彼女はおじさんが来た方向へ走り出していた。


「お嬢ちゃん! 待たんかい!!」


 制止を振り切り、扉の外へ飛び出した瞬間――彼女は、その場で凍りついた。


 地面は赤黒く染まり、至る所に巨大な穴が穿たれている。

 腕、脚、胴体――

 判別もできないほど損壊した遺体が無造作に散乱し、

 壁や岩には血と肉片がこびりついていた。


「……ぁ……」


 息が詰まる。

 追いついたおじさんが、静かに言った。


「……だから言ったろ。見ない方がええと」


 手を掴み、引き離そうとする。


「ここから、本当に離れるぞ……」


 だがそのとき――

 視界の先で、二つの影が激突した。


 白い狐。

 そして、一つ目の緑色の魔物。


「……あの狐……」


 女性は呟く。


「……元は、人なの……」


 震える声が続く。


「助けたい……助けなきゃ……私のせいで……私が止められなかったから、あの子は……」


 手を振りほどき、戦場へ走り出す。


「おい! どういうことじゃ!? 元は人間とは――!」


 おじさんも追う。


 次の瞬間、狐が一気に距離を詰め、爪で魔物の脚を切り裂いた。


「うがぁぁぁ!!」


 魔物は体勢を崩し、そのまま――

 彼女の方へ倒れ込んでくる。


「……嘘……」


 足が止まる。


「……潰される……」


 目を閉じた瞬間――

 ドスン、と凄まじい衝撃音。


 だが、痛みは来なかった。


「……え……?」


 目を開くと、身体が宙に浮いていた。

 年老いたおじさんに抱えられている。


「……魔法じゃ」


 荒い息のまま言う。


「身体強化と浮遊。ギリギリじゃったが、間に合った」


「……魔法……?」


「本来、使えることは隠して生きるものじゃ。

 知られれば、利用されるだけだからの」


 そのとき――


「おじさん! 後ろ!!」


 叫んだ瞬間、白狐の爪が迫った。

 避けきれず、おじさんの横腹が抉られ、二人は地面へと着地する。


「……お前さんだけでも逃げなさい」


 血を押さえながら、言い切る。


「魔物化など前例がない……助けるなど無理じゃ。ワシが殿を務める」


「そんなの……出来ない!!」


 彼女が前へ出た、その瞬間――

 緑色の魔物が立ち直り、巨大な手のひらを振り上げた。


「……言うことを聞け」


 おじさんは、彼女を突き飛ばした。


 次の瞬間――

 肉が潰れる音。


「……おじ……さん……?」


 目の前で、おじさんは地面に叩き潰されていた。


「いや……いや……いやぁぁぁぁぁ!!!!」


 悲鳴を上げた、その背後――

 白狐が迫る。


 鋭い牙が肩に食い込み、肉が抉られる。

 血が舞う。


「……死ぬんだ……」


 意識が遠のく。


「……何も……分からないまま…………こんな……人生……」


 崩れ落ち、闇に沈みかけた――

 その直前。


 白狐が、ぴたりと動きを止めた。


 苦しげに体を震わせ、白い毛並みが消えていく。

 骨格が変わり、四足が二足へ戻る。


 やがて――

 一人の少女の姿が、そこに立っていた。


「……え……?」


 少女は周囲を見渡す。


「……なに……私……何を……?」


 口の中に広がる、鉄の味。


 足元には血溜まり。

 その中に倒れている――肩を抉られた女性。

 割れたガラスに映る、自分の顔。

 口元は赤く染まっていた。


「……違う……」


 震える声。


「……そんな……私が……?」


 頭を振る。


「違う……違う……違う……!!……何も……覚えてない……」


 だが、口の中に残る鉄の味だけが――

 その否定を、許さなかった。

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