04話
記憶を失くした女性は、重たいまぶたをゆっくりと開いた。
視界が定まるにつれ、まず違和感に気づく。
――動けない。
自分の体は硬い椅子に座らされ、両腕と両脚、そして胴までが金属の拘束具で固定されていた。
力を込めてみるが、鎖はびくともしない。
「……なに、ここ……」
周囲を見渡す。
小さく無機質な部屋。壁一面には複数のモニターが設置され、薄暗い照明が冷たい影を落としていた。
そのとき――
一つのモニターが唐突に光を放ち、映像が映し出される。
白衣を着た人物。
無表情の奥に、好奇心だけが浮かぶ目。
「ようやくお目覚めですか。気絶してから、およそ二時間ほど経っていますよ」
その声を聞いた瞬間、殴られた衝撃、地面に倒れた感覚が一気に蘇る。
「……ここは……特別牢獄、ですか?」
問いかけると、白衣の人物は愉快そうに口角を上げた。
「正解です。ですが――せっかくですから、あなたには“余興”を見てもらいましょう」
彼が合図を送ると、別のモニターが点灯する。
そこには、広い闘技場のような空間が映っていた。
中央には鉄格子の檻。その中に、後ろ手に手枷をかけられ、口枷まで付けられた女性が閉じ込められている。
「……あ……」
記憶を失くした女性は息を呑んだ。
「あの時の……彼女……どうして……」
白衣の人物は答えず、淡々と命じる。
「始めなさい」
数名の兵士が檻の中へ入り、乱暴に口枷を外すと、無理やり口を固定した。
一人の兵士が土の入った瓶を掲げ、それを女性の口へ流し込む。
「んっ……! や、やめ――!」
吐き出そうともがくが、続けて水を流し込まれ、強制的に飲み込まされる。
兵士たちが退くと同時に、異変が起こった。
「あ……が……ぁ……!」
女性は胸を掻きむしり、苦悶の叫びを上げる。
「熱い……体が……いや……気持ち悪い……!いや、いや、やだ……! 気持ち悪い、気持ち悪い――!」
骨が軋む音。
肉がうねり、皮膚が裂ける。
「彼女に……何をしたの!?」
記憶を失くした女性は拘束具を鳴らし、必死に叫ぶ。
「何を食べさせたの!?」
「落ち着いてください」
白衣の人物は肩をすくめる。
「あなたには使いません。……ほら、終わったようですよ」
叫び声が途切れ、代わりに響いたのは低く獣じみた唸り声。
「……ガルル……ガァ……!」
そこに立っていたのは、もはや人ではなかった。
白い毛並みを持つ四足の獣――巨大な白狐。
白衣の人物は立ち上がり、興奮を隠さず叫ぶ。
「素晴らしい……! これは初めての変異だ!」
続いて、別の檻が運び込まれる。
中にいたのは、緑色の皮膚を持つ一つ目の魔物。
「余興……って、まさか……」
次の瞬間、檻が同時に開かれた。
「うがぁあぁああぁぁぁ!!」
魔物の咆哮が空間を震わせる。
逃げようとした兵士たちは恐怖で足が動かない。
「や、やめろ……!」
一人は踏み潰され、
もう一人は壁へ投げつけられ、血が飛び散った。
一方、白狐の檻の前でも――
「体が……動か……!」
白狐は静かに歩み寄り、次の瞬間、爪が閃いた。
血飛沫と共に兵士二人が切り裂かれる。
「ウォォォォン――!」
記憶を失くした女性は、言葉を失い、ただ震えながらそれを見つめていた。
「……なんて成果だ……!」
白衣の人物は狂喜する。
やがて、白狐と緑の魔物は互いに距離を取り、威嚇し合う。
魔物が檻の残骸を引きちぎり、棒を投げつける。
白狐は軽々とかわし、その棒は壁を破壊した。
崩れた壁の向こう――奴隷たちのいる洞窟。
二体はそのまま洞窟の奥へと消えていく。
「……止める手段は、ありませんね」
白衣の人物は冷静に言った。
「データは十分ですし、僕は死にたくありませんから」
「見捨てるつもり……!?」
記憶を失くした女性が叫ぶ。
「あなたたちが何とかしなさいよ!」
「奴隷なんて、いくらでも補充できます」
冷たい言葉。
「あなたも、ここでどちらかに殺されるでしょう」
そのとき、兵士が入ってきた。
「クリルトン様、転移魔法陣の準備が整いました」
「よし、行こう」
そう言い残し、クリルトンは姿を消した。
残された部屋。
拘束されたままの彼女。
「……このままじゃ……」
必死にもがく。
ガチャ……ガチャ……。
静かな音が、確かに部屋に響いていた。




