35、白髪の覚醒と、訣別の叫び
【過去:回想】
「あはは、あははは! なんだ……今なら何でもできそう。来なさい」
絶望の果て、オルンの内側に眠っていた「完成体」としての力が完全に開花した。彼女の呼び声に応じ、厚い雲を割って巨大な黒龍が飛来し、少女の前で恭しく膝を折る。
「私をあの村まで運びなさい。そして、辺りの死体をすべて焼き尽くすように配下に命じなさい」
黒龍の咆哮が大地を震わせる。オルンはその背に飛び乗り、暗雲を纏いながらテサロンの待つ戦場へと舞い戻った。
一方、オルンに「自害」を命じられ、首を跳ね飛ばされたはずの三角帽子の人物が、血の海の中で動き出した。胴体がゆっくりと自分の頭部を拾い上げると、無造作に断面へ押し当てる。
「いやはや……ヤバい存在を作り上げてしまったようだ。まさかこの僕が一度死ぬことになるとは。恐ろしい力だ……。とりあえず、今は様子を見るとしよう」
男は不気味な笑みを残し、陽炎のように地面へ溶け込み、姿を消した。
その頃、離れた場所でバビに回復魔法をかけ続けていたラミは、突如として空を覆い尽くしたドラゴンの大群に目を見開いた。
「えっ? なんで……なんでこんな所にドラゴンの大群が!?」
本能的な恐怖に駆られたラミは、即座にバビを魔法で浮かせ、その場を離脱する。直後、彼女たちがいた場所のすぐ側を、ドラゴンのブレスが焼き払った。
「嘘でしょ……」
立ち尽くすラミの視線の先で、魔物の死体が集まってる場所そ山となっていた魔物の死骸が、猛烈な火炎によって塵へと変えられていく。それは、証拠も、過去も、すべてを消し去るような無慈悲な輝きだった。
戦場では、テサロンと魔族が死闘を続けていた。そこへ、巨大な影が差す。
黒龍から飛び降り、二人の間に降り立ったのは、冷徹な瞳をしたオルンだった。
「……テサロン、目の前のあいつは私が殺す」
「オルン!? どういう事だ、その姿は……あの上空のドラゴンは何なんだ!」
テサロンの困惑を余所に、オルンは無機質な声で告げる。
「……すべて思い出したの。私は、人ではない存在」
対峙していた魔族が、嘲笑を浮かべて口を挟んだ。
「なんだ、あの時逃げ出した『失敗作』か。変化が起きたようだが、好都合だ。そこにいるテサロンを生け捕りにするのを手伝え」
「失敗作だと……?」
テサロンが絶句する中、オルンは魔族を射抜くような視線で睨みつけた。
「黙りなさい。私がここに来たのは、テサロンを助けるため……いいえ、私を作り上げたこの世界を壊すためよ。まずはお前から殺す。……自らの手で、死になさい」
刹那、魔族の体が奇怪な音を立てて硬直した。
「なっ……!? 体が勝手に動く! 待て、話せば分かる! 俺を殺したところで、この実験データは既に各地へ……」
「そう。なら、そのすべてを無にするために世界を壊すだけ。今の私なら、それが可能よ。さようなら」
抵抗虚しく、魔族は自らの右手を胸に突き立て、心臓を握り潰した。絶命した死体が崩れ落ちる。
「オルン、説明してくれ! 離れている間に一体何があったんだ!」
「……言ったはずよ、すべてを思い出したと。知りたければ、これを見ればいいわ」
オルンは三角帽子の男から見せられた忌まわしき記憶の結晶――複製された映像メモリをテサロンへ投げ渡した。そして、彼女は背を向け、再び黒龍へと歩み寄る。
「……テサロン、少しの間だったけど、貴方の弟子になれて良かったわ。……二度と会うことはないけれど。さようなら」
空へ飛び立とうとする彼女の細い手首を、テサロンが激しく掴み取った。
「……ふざけるな!!」
テサロンの叫びが、燃え盛る廃墟に響き渡る。
行かせない。たとえ彼女が何者であろうと、ここで手を離せば、本当の意味で彼女を失ってしまう――テサロンの瞳には、かつてない悲痛な決意が宿っていた。




