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記憶を消された女性  作者: ひろろん
33/37

33、深淵の実験場と、再会

 

【過去:ラミサイド】


 ラミとバビは、老族長の不審な動きを追い、屋敷の最奥にある部屋へと辿り着いた。族長が壁に掛けられた掛け軸を逆さにすると、重苦しい音と共に床の一部がスライドし、地下へと続く隠し階段が現れた。


 息を潜めて後を追うと、そこには広大な地下空間が広がっていた。立ち並ぶ無数の牢獄には、行方不明になったはずの住民たちが力なく閉じ込められている。


 族長は、牢の番をしている男に声をかけた。


「また『実験材料』を連れてきましたぞ」


「ふん、奥の空牢に放り込んでおけ」


 番人の男は不敵に笑う。族長はさらに言葉を添えた。


「それと……厄介な調査員どもが村を嗅ぎ回っております。今は二手に分かれて調査をしているようですが……」


「ほう。ならば、外の死骸の山に向かった連中には、相応の『歓迎』をしてやると伝えよう。下がれ」


 族長が奥へ去った後、物陰でラミが囁いた。


「……あの男、人じゃないわ。間違いなく魔族よ」


「ああ。だが、失踪した連中が何をされているのか突き止めるのが先だ。最悪の場合は……ここを壊滅させてでも全員助け出すぞ」


 バビが槍を握り直す。


 二人は、連行されていく住民の跡を追い、さらに奥の扉へと忍び込んだ。しかし、そこには異様な存在感を放つ「仮面をつけた男」が待ち構えていた。


「……侵入を許すような愚か者に、価値はない」


 仮面の男が指をわずかに動かした瞬間、住民を連れていた兵士と、捕らえられていた住民の体が突如として目に見えない力に押し潰された。


 グチャリ、という悍ましい音と共に、地面が鮮血に染まる。


「隠れていてもバレバレだぞ」


 男の手から放たれた黒く鋭い棒が、ラミたちの潜伏場所を貫いた。


「ちぃっ!」


 バビが叫び、二人は飛び退く。隠蔽の魔法が解け、二人の姿が露わになった。


「ここで何をしている?」


 バビの問いに、仮面の男は冷酷に言い放つ。


「答える必要などない。それよりも自分の心配をしろ。貴様らのような強靭な死体は、格好の実験材料になる」


 ラミが先制の矢を放つが、男はそれを素手で掴み取り、凄まじい速度で投げ返してきた。


「ラミ、ここは俺が食い止める! お前は地上へ戻り、テサロンにここの状況を伝えろ!」


 バビが槍で矢を叩き落とし、前へ出る。


「……わかったわ。死なないでよ、バビ!」


「ああ、急げ!」


 ラミは再び姿を消し、出口へと駆け出した。背後で、バビの槍と魔族の力が衝突する轟音が響いた。


 地上へ脱出したラミが隠蔽を解こうとした瞬間、背筋を凍らせるような殺気を感じ、咄嗟に障壁を展開した。


 ガキンッ!


 鋭い羽根が障壁に突き刺さり、亀裂が入る。


「誰よ!」


 見上げると、そこには不気味な魔物が、老族長を鋭い爪で吊り下げて滞空していた。


「やめてくれ! 私は、私は失敗などしていない! 何をする!」


 命乞いをする族長を、魔物は冷たく見下ろした。


「『あの方』の命令だ。侵入者を引き連れた役立たずは処分しろとな。……あばよ」


 魔物が両足に力を込めた。断末魔と共に、族長の体は左右に引き裂かれ、物言わぬ肉塊となって地面に落ちた。


「次はお前だ、人間」


「魔物が……喋るというの?」


 ラミの驚愕に、魔物は嘲笑う。


「生きた人間の脳を移植し、適合した『成功体』だからな。そのためにどれほどの人間を潰したか……」


「失踪の原因は、これだったのね……!」


「話は終わりだ。……成功体が俺一人だと思ったか?」


 ラミがハッとして振り返った時には、背後にもう一体の魔物が迫っていた。鋭利な手爪が彼女の胸元を狙う。


(間に合わない――!)


 死を覚悟し、目を閉じた瞬間。


 硬質な金属音と共に、目の前の魔物の腕が宙を舞った。


「ラミ、無事か。……嫌な予感は的中したようだな」


 そこには、刀を抜き放ったテサロンが立っていた。


「テサロン! でも、上空にも……!」


 ラミが叫ぶより早く、上空の魔物に影が飛びかかった。


「隙あり、です!」


 オルンの刃が魔物の首を正確に捉え、その巨体を地面へと叩き落とした。


「……テサロン、あの子に何を教えたの?」


「何も教えていない。あいつには……魔物の思考が聞こえるらしい。だから、お前の危機に間に合った」


 テサロンは短く答えると、ラミのただならぬ様子を見て表情を険しくした。


「バビはどうした?」


「地下よ! 魔族がいて、バビが一人で戦ってる。……あいつ、かなりヤバい相手よ!」


 その言葉が終わるか終わらないかのうちに、村全体を押し潰すような、とてつもない威圧感が地下から溢れ出してきた。


「……行くぞ」


 テサロンの瞳に鋭い殺気が宿り、三人はバビの待つ深淵へと駆け下りるのだった。


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