32、虚飾の移住と、深淵の屋敷
【過去:ラミサイド】
テサロンとオルンが村の外の調査に向かっている間、ラミとバビは老族長と共に村内の調査を進めていた。
歩きながら、ラミの意識はこの村を包む不自然な「結界」に向けられていた。
(……おかしいわね。村全体を覆うこれほど高強度の結界、一体誰が維持しているのかしら)
結界によって外の腐臭は完全に遮断されているが、その術者が村内に見当たらない。ラミは隣を歩く族長に水を向けた。
「族長、一つお尋ねしたいのですが。この村に張られている強力な結界、これのおかげで外の腐敗した臭いが防がれていますわね。これほどの術式、どなたが展開しているのですか?」
族長が答える前に、影のように付き従う従者が冷ややかに口を挟んだ。
「それが、今回の調査と何か関係がお有りですか? 関係がないのであれば、お答えいたしかねます」
「……そうですか。不躾なことを聞きましたわね」
ラミは引き下がったが、内面の疑念は確信へと変わりつつあった。
その後、バビの提案で「移住した住民」たちの家を、家捜しに近い形で見せてもらうことになった。だが、どの家も生活感が消えているだけで、決定的な証拠は見つからない。
一軒の空き家を調べていた時、バビが足を滑らせて盛大に転倒した。
「痛てぇ……っ!」
バビが激突したタンスの扉が開き、中から大量の衣類が床に溢れ出した。
「もう、バビ。何をしてるのよ。……空き家だからいいものの」
溢れた服を拾い上げようとしたラミの手が、ふと止まった。
「……ラミ、今なんて言った?」
「え? 何をしてるのよって――」
「違う、その後だ」
「……行方不明、いえ、移住した人の家だからって言ったのよ。それが何か?」
バビは鋭い目で床に散らばる服を見つめた。
「おかしいと思わねぇか? ……これから見知らぬ土地へ『移住』しようって人間が、なんでこんなに大量の服を置いていくんだ。普通なら、身の回りのものは全部まとめて持っていくはずだろ?」
ラミの表情が凍りついた。
「……言われてみれば、確かに。まるで、着の身着のまま消えたみたいだわ。他の家も確認しましょう!」
家を出ると、待機していた族長と従者が近づいてきた。
「おや、何か分かったのでしょうか?」
バビは内心の動揺を隠し、平静を装って尋ねた。
「いや……。一つ聞きたいんだが、出て行った住民たちの荷物は多かったか?」
「はて……多かった者もいれば、極端に少なかった者もおります。私共も、一人一人の荷物まで覚えてはおりませんので」
従者の「淀みのない回答」に、バビは逆に直感した。
「……なるほどな。わかった、手伝いはここまででいい。俺たちはテサロンたちと合流する」
ラミの袖を掴み、強引にその場を離れるバビ。二人きりになると、バビは小声で囁いた。
「あの族長、嘘をついてやがる。……村の出口にいる兵士にもう一度確認するぞ」
村の出口。先ほど顔を合わせた兵士に、バビはさりげなく尋ねた。
「確認なんだが、出て行った連中、荷物はやっぱり多かったよな?」
兵士は首を傾げた。
「荷物……? いや、そういえば、ほとんどの人が手ぶらに近い状態だった気がします。気になって聞こうとしたんですが、族長と従者様に『出て行く者に余計なことを聞くな』と釘を刺されまして……」
「……そう。ありがとうございます」
ラミとバビは視線を交わし、物陰へと移動した。
「族長たちは確信犯ね。失踪について何かを隠している……いいえ、関与しているわ」
「ああ。これからどうする――ん? おい、あれを見ろ」
バビが指差した先には、先ほど話をしたばかりの兵士がいた。だが、その様子は一変していた。目は虚ろで、まるで糸の切れた人形のようにフラフラと族長の屋敷へと向かっている。
「……声はかけない方がいいわね。私の魔法で姿を消すわ。跡をつけましょう」
ラミの隠蔽魔法によって二人の存在は透明化され、兵士の後を追った。
屋敷に辿り着くと、そこにはヨボヨボの姿をかなぐり捨て、不気味な笑みを浮かべる族長の姿があった。
「うむ、こやつ、部外者に余計なことを話したな。やれやれ。住民同士でも情報を漏らせば発動する呪いも、使いようによっては不便よの。……とりあえず『例の場所』へ連れて行け」
「了解です、族長」
従者が兵士の腕を掴む。
「お前たちは、あの四人が戻ってきても中へ入れるでないぞ」
その言葉を合図に、族長たちは屋敷の奥へと消えていった。
隠れていたバビとラミも、扉が閉まる直前に滑り込むように中へ侵入した。
「……やっぱり真っ黒ね」
「ああ。結界も呪いも、すべては『例の場所』を隠すためか」
二人は息を殺し、生贄を運ぶ族長たちの背後、深淵へと続く道へと足を踏み入れた。
物語の点と線が繋がり始めました。




