31、鏡像の死骸と、暴かれる贄
【過去:回想】
テサロンとオルンは、彼女が眠っていたとされる地点に到着した。テサロンは少し離れた場所にある魔物の死骸を指さし、オルンに問いかける。
「あそこの魔物の死体の側で寝ていた。……何か、思い出せないか?」
オルンは首を振った。
「あんなところで? ……全然、覚えてない」
その時、再びオルンの脳内に直接「思考」が流れ込んできた。
『ガルガル……(どうする、今ならあの女を始末できるぞ)』
『グルルル……(待て、隣の男は厄介だ。隙をうかがえ)』
「――っ! 何……? また頭の中に声が響く……」
オルンがこめかみを押さえて苦しみ出す。テサロンは鋭い眼光で彼女を見た。
「声だと? どういうことだ、オルン」
「わからない……。魔物の声なの? どこかから私たちを監視してるみたい。『始末できるぞ』って、あいつら言ってる!」
「魔物か……。少し待て、調べる」
テサロンは目を閉じ、意識を極限まで集中させて「気配察知」を広げた。すると、上空の死角——雲の切れ目に、巧妙に気配を殺した魔物の反応を捉えた。
「……オルン、お前、気配察知が使えるのか? いや、それとも別の力か。だが確かに、あそこに魔物がいる」
「気配察知……。テサロンが今までやってたのと同じ力? 私にも、それが……」
「そうだ。これを使えるかどうかで生存率が大きく変わる。オルン、お前に聞こえるその『思考』を頼りに、奴を倒してみるか? 相手の狙いが分かるなら、お前にも勝機はある。……やらなくてもいいが」
オルンは一瞬ためらったが、決然と顔を上げた。
「……やってみます!」
「なら、お膳立てをしてやる。あそこまで届く手段は、今のお前にはないからな」
テサロンが刀を抜き放ち、横一文字に虚空を裂いた。凄まじい斬撃の波が上空の魔物を襲う。
『ガルガル(なっ、気づかれた!?)』
『グルルル(一度降りて体勢を整えるぞ!)』
「――降りてくる! あそこ!」
思考を読み取ったオルンが先回りして駆け出した。魔物が地上へ舞い降りた瞬間、オルンは二本の武器を同時に抜き放ち、その背後から跳躍した。
『ガルガル(背後だと!? バカな!)』
『グルルル(なんだ、この女……!)』
驚愕の念が頭に響くと同時に、オルンの刃が魔物を切り裂いた。魔物は絶叫を上げ、地面に叩きつけられる。
「テサロン、やったよ! 私、倒せ――」
喜びの声を上げようとした刹那、テサロンの姿がかき消えた。彼は瞬時にオルンの背後へ回り込み、死角から忍び寄っていたもう一匹の魔物を一刀両断にしていた。
「……オルン、油断するな。まだ一匹残っていたぞ」
「……ごめんなさい、テサロン。次は気をつける」
落ち込むオルンの頭を、テサロンは不器用な手つきで一度だけ撫でた。
「だが、初めての魔物討伐にしては上出来だ。さて、これからどう――」
その言葉を遮るように、再びオルンの頭に悍ましい「声」が響き渡る。
『キョキョキ(反応がなくなったポ)』
『ゲコゲコ(殺られたようだ。だが、この場所さえ知られなければ問題ない。「あの方」が新たな贄を用意したそうだ)』
『クルルプ(実験は順調に機能してるポ)』
「テサロン、待って……! また声が。隠れ家があるみたい。それに『あの方』が『新たな贄』を用意したって。実験は順調だとか……」
「贄……実験だと? この村の異常と関係があるのか……」
テサロンが思索に耽っていると、オルンが腐敗した魔物の死骸に歩み寄った。彼女がその死骸に触れようとした瞬間、その手が死骸をすり抜けた。
「えっ……? 触れない。テサロン、来て! これ、おかしいよ!」
駆けつけたテサロンも、その死骸に手を伸ばした。やはり、手応えはなく空気のようにすり抜ける。
「幻影……いや、待て。これは――」
テサロンは死骸を「横」からではなく、地面に向かって「垂直」に手を差し込んだ。すると、何かに指が触れた。
テサロンがそれを力任せに引きずり出すと――そこから現れたのは、魔物ではなく、腐敗し始めた人間の死体だった。その瞬間、上に重なっていた魔物の幻影が霧散した。
「……っ!? オルン、他の死体も同じように試せ! 俺もやる」
二人は次々と「魔物の死体」を暴いていった。引きずり出されるのは、どれもこの村の住民と思われる人間の遺体ばかりだった。
「……そういうことかよ。これまで見てきた魔物の山は、すべて人間の死体を隠すための偽装だったんだ。行方不明になった連中は殺され、この悍ましい実験に使われた……。魔物がこの死体を食べなかったのは、死体そのものが偽装結界で守られていたからだ」
テサロンの顔が険しく歪む。
「新たな贄……実験……嫌な予感がする。オルン、急いで村に戻るぞ!!」
二人は確かな殺意と不安を胸に、静まり返った村へと全速力で駆け出した。




