30、不器用な師弟と、共鳴する声
【過去:回想】
翌朝、テサロンはまだ街が眠りの中に沈んでいる頃に目を覚ました。
「……少し早く起きすぎたな。手入れでもしておくか」
独りごちて机に向かうと、空間から数本の刀を取り出した。目釘を抜き、打ち粉を払い、静謐な空気の中で油を引く。その無駄のない所作は、まるで一つの儀式のようだった。
しばらくして、オルンが目を覚ました。彼女はじっとその様子を見つめ、不思議そうに尋ねた。
「おはよう、テサロン。武器の手入れ? ……ねぇ、テサロンって強いの?」
手入れを終えた刀を一本だけ残し、残りを空間へ戻しながらテサロンは淡々と答えた。
「手入れを怠れば、いざという時に自分を殺すことになるだけだ。……強さ、か。俺はあまり興味がないな」
「そっか。ねぇテサロン、もし私がお願いしたら……私を鍛えてくれる?」
突拍子もない願いに、テサロンは手を止めた。
「俺にも教え子はいたが、どいつもこいつも一日で逃げ出した。鍛えてほしいならラミに頼め。あいつなら快く引き受けるだろうよ」
「嫌だ! 私はテサロンに鍛えてもらいたいんだよ! 絶対に音を上げないし、何でもするから。……お願い」
食い下がるオルン。テサロンが何かを答えようとしたその時、部屋の扉が乱暴にノックされた。
「テサロン! 起きてるか? それとも昨夜はあの子とお楽しみで腰でも抜かしたかぁ?」
バビのふざけた声が響いた瞬間、テサロンの眉が跳ねた。
次の瞬間、テサロンが刀を振り抜く。
バビが驚愕して後ろへ飛び退き、槍を盾にして衝撃を受け止めたが、勢い殺せず廊下の壁に激突した。
「痛てぇっ! 死ぬかと思ったぞテサロン!」
テサロンは無傷の扉を静かに開き、外へ出た。それを見ていたオルンは呆然と立ち尽くした。
(何をしたの……? 刀を振ったと思ったら外ですごい音がした。なのに、扉は斬れてない……)
駆け寄ったラミが、固まっているオルンを見てテサロンを睨んだ。
「テサロン、あの子、何が起きたか分からなくて置いてけぼりよ。少しは説明してあげたら?」
「オルン、そんなことでいちいち立ち止まっていれば、俺に鍛えてもらうなど夢のまた夢だぞ。知りたければ今日一日、俺に同行しろ。行くぞ、族長の屋敷へ」
テサロンは背中を向けて歩き出し、オルンは慌ててその後に続いた。
ラミは溜息をつき、心の中で呟いた。
(教えてあげればいいのに……本当に不器用なんだから。だから誰一人、長続きしないのよ)
族長の屋敷では、老いた族長が沈痛な面持ちで待っていた。
「私らに手伝えることがあれば、何なりと言ってくだされ」
テサロンは頷き、役割分担を告げた。
「ラミとバビは族長と共に村の中を調査してくれ。不審な点がないか、住民の動きを洗練してほしい」
「残るのはいいけど、テサロンはどうするの? 彼女も一緒に?」
ラミが尋ねると、テサロンは隣に立つオルンを見た。
「俺はオルンと共に、村の外にある魔物の死骸と周辺の調査に向かう」
バビが鼻で笑った。
「おいおい、大丈夫かよ二人で。そんな役に立つか分からねぇガキを連れて」
「テサロン、私……村の中の調査でもいいよ?」
不安げなオルンに、テサロンは突き放すように言った。
「オルン、ここで逃げたら鍛える話は無しだ。俺は別に一人でも構わないがな」
「……わ、私、テサロンについて行くわ。ここで逃げたら一生変われない。だから、行く!」
オルンの真っ直ぐな瞳に、ラミは少しだけ安心したように微笑んだ。
「わかったわ。テサロン、無理はさせないでよ」
村の外へ出ると、テサロンは空間から予備の刀と剣を取り出し、オルンに手渡した。
「とりあえずこれを使え。無防備で襲われれば即座に死ぬからな」
「……ありがとう」
オルンは不慣れな手つきで、テサロンの真似をして腰に武器を帯びた。
「よし。まずは昨日お前が寝ていた場所へ向かう。魔物が出るだろうから、俺の動きをよく見ておけ」
「はい、テサロン」
森を進む中、幾度も魔物が襲いかかってきた。だが、テサロンの戦いは異次元だった。
茂みの奥に隠れた敵を先制して斬り伏せ、背後からの急襲には見向きもせずに刃を届かせる。
(なんで……? どこにいるか分かってるみたい。後ろを見てないのに、どうして……)
オルンが驚愕しながらついていくと、突然、頭の中に直接響くような奇妙な音——いや、「声」が聞こえた。
『グルルル……(アイツ、強い……)』
「――っ!?」
オルンは立ち止まり、激しく周囲を見渡した。
「オルン、どうした?」
「テサロン、今……何か言った?」
「何も言っていないが。どうした?」
「……い、いいえ。なんでもない。……空耳かな。あはは……」
テサロンは不審げに彼女を見たが、それ以上は追求せず歩を進めた。
オルンの心臓は激しく波打っていた。今の声は、確かに「獣」の唸り声に近い。だが、なぜかその意味がはっきりと理解できてしまったのだ。
自分の体に起きている得体の知れない変化に、オルンはまだ気づかずにいた。




