表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それでも化物にならなかった  作者: ひろろん
3/16

02話

 

 女性は思った。


(……そんなわけない)


 この老人は、何かを隠している。

 ただの囚人が、痛みを和らげ、音を消すなどできるはずがない。


(でも……聞いても、答えてはくれない)


 そう確信した、その時だった。


「ほれ、そろそろ掘りの時間じゃ」


 老人は立ち上がり、淡々と言う。


「兵士が牢を開けに来る。開いたら皆について行くぞ」


 ほどなくして、鉄扉の解錠音が次々と響き、牢が開けられていく。

 女性のいる牢も開かれ、押し出されるように外へ出された。


 彼女は、老人の背中を見失わぬよう、その後を追う。


 やがて辿り着いた場所に、女性は息を呑んだ。


 ――穴。


 至る所に、無数の穴が穿たれている。

 底の見えない闇穴、掘りかけの浅い穴、崩れかけた壁。


 まるで大地そのものが、喰い荒らされているかのようだった。

 兵士たちは無言でスコップを配り始める。

 受け取った奴隷たちは、慣れた足取りでそれぞれの穴へ散っていった。


 女性の前に兵士が立ち、スコップを突き出。


「新入りだな?」


 低く笑いながら、袋を開く。


 中から転がり出たのは――

 切断された腕と脚。


「脱獄なんぞ考えるなよ。さもなくば……こうなる」


 胃の奥がひっくり返る感覚に襲われる。だが、女性は歯を食いしばり、無言でスコップを受け取った。


 穴へ向かい、掘り始める。


 ――どれほど時間が経ったのか、分からない。


 汗と土にまみれながら、彼女は周囲を盗み見た。


 サボる者。

 仕事を他人に押し付ける者。

 兵士に殴られ、蹴られる者。


 そして――

 体格のいい男が、幼い少女を怒鳴りつけている光景。


「おい! 早く掘れ! この無能女が!!」


「……は、はい……!すぐやりますから……叩かないでください……」


 少女は怯え、震えながらスコップを振るっていた。


 女性の胸が、ざわりと波立つ。


 その様子を見ていた老人が、掘りながら小声で言う。


「……あまり気にするでない。目をつけられたら、お前さんも痛い目を見る」


 女性は、思わず声を荒げた。


「……でも! おかしいよ!」


 次の瞬間。


「おい」


 低く、荒い声。


 体格のいい男が、こちらへ歩み寄ってくる。


「見ねぇ顔だな。新入りか?で……何がおかしいって?」


 言い終わるより早く――


 ドンッ!!


 腹に重い衝撃。


「がふっ……!」


 息が詰まり、女性は膝をつく。


 男は髪を掴み、無理やり立たせた。


「俺様の分まで働け。『はい』って言えば、これ以上殴らねぇ」


 女性は、震えながらも男を睨み返す。


「……ふざ……けないで……暴力……しか……できない……あんたの……言うことなんて……聞かない……」


 息も絶え絶えに言い切った。


 男の顔が歪む。


「あぁ? いい度胸だな……なら、殴り続けるまでだ!!」


 拳が振り上げられた、その時。


「何をしている!!」


 怒号と共に、兵士が駆け寄ってきた。


「持ち場に戻れ!次に騒ぎを起こしたら……特別牢獄行きだぞ!」


 男は舌打ちし、手を離す。


「ちっ……覚えてろよ、糞女」


 少女はびくりと跳ね、女性に小さく頭を下げると、男の後を追って去っていった。


 老人はため息をつく。


「……言った側から、これじゃ」


 女性は深く頭を下げた。


「……すみません。それより……特別牢獄って……?」


 老人は一瞬、目を伏せた。


「拷問好きの兵士が集まる場所じゃ」


 淡々と、だが重く語る。


「入った者は……無事に戻らん。ワシも、あそこで足の指を何本かやられた」


 そう言って、欠けた指を見せる。


「……右の小指も、の」


 女性は言葉を失い、老人を見る。


「気にするでない」


 老人は、いつもの穏やかな声で言った。


「ほら、昼まであと少しじゃ。掘ろう」


 再び、スコップの音が響き始めた。


 ――――――


 その頃。


 牢獄の奥深く、石壁に囲まれた一室。


 椅子に拘束された一人の男を、複数の兵士が囲んでいた。


「さて……脱獄の共犯者がいるはずだ」


「……いない。俺一人でやった」


 兵士は男の顎を掴み、顔を上げさせる。


「お前一人のせいで、奴隷全員が死ぬかもしれんぞ?」


「……馬鹿げてる。それに……本当に俺一人だ」


 兵士は、やれやれと首を振った。


「……お前たちが掘っている穴。あれが何か、知っているか?」


 男は黙ったまま睨み返す。


「特別な土だ。人間に直接食べさせると――」


 兵士の口元が歪む。


「恐ろしい魔物に変貌する」


「……ふざけるな」


「ふざけてなどいない。既に“特別牢獄”の連中で実験は済んでいる」


「……!」


「解き放てば、奴隷は全滅だ。嫌だろ? だから――話せ」


 男は歯を食いしばる


「……お前らは……人間じゃない……悪魔だ……」


 兵士は、静かに命じた。


「……構わん。土を食わせろ」


 別の兵士たちが男の口をこじ開け、黒ずんだ土を押し込む。


 男の呻き声が響く中、尋問していた兵士は背を向け、部屋を出た。


 これから起きる“変化”を見る必要は、もうなかった。


 ――物語は、静かに破滅へと進み始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ