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記憶を消された女性  作者: ひろろん
26/37

26、決別と悲哀の咆哮

 

 バビはアノの腹部に深々と突き刺した刀を引き抜き、血を振り払った。


「……安らかに眠れ」


 冷酷に言い放ち、その場を立ち去ろうとした瞬間、彼の生存本能が激しい警鐘を鳴らす。

 バビは咄嗟に横へ跳んだが、一瞬遅かった。鋭い衝撃と共に、彼の左腕が肩から先を失い、宙を舞う。


「……即座に首を撥ねておくべきだったか」


 切断面を抑え、苦渋に満ちた声を出すバビ。その視線の先には、再び「白銀の狐」へと変貌したアノが立ち尽くしていた。彼女の口には、バビの左腕が肉塊として咥えられている。


 アノはそれを吐き捨てると、地を震わせるような低い唸り声をあげた。


「ほら見ろテサロン……こいつは『怪物』だ。腹の傷がもう塞がっていやがる」


 バビはアノを挑発するように走り出した。


「ここじゃ本気が出せねぇな。俺を殺したければついてこい!」


 狐と化したアノは怒りに任せ、赤い魔力弾を撒き散らしながら、森の奥へと消えていくバビを追った。


 しばらくして、くれないとソラニアがようやく現場へ辿り着いた。そこには、意識を失ったテサロンと、朦朧とした状態のラミが倒れていた。


「ラミさん! 起きて、何があったの!?」


 紅が必死に揺り動かすと、ラミはようやく意識を取り戻した。


「バビ……いないわね。アノって子も……。バビの奴、ただの気絶じゃないわ、魔法で私の動きを封じやがった……」


「アノは……アノはどこ!?」


「紅、待って!」


 止める声を振り切り、紅は倒木や焦げ跡を辿って森の深部へ駆け出した。死角から襲い来る透明な魔物たちを、紅は振り返りもせず、研ぎ澄まされたナイフの一閃で葬っていく。


(アノ……無事でいて。お願い……!)


 開けた広場に出た紅が目にしたのは、変わり果てた光景だった。

 至るところが黒焦げになり、地面には炭化したバビの遺体が転がっている。その傍らで、返り血に染まったアノが静かに立ち尽くしていた。


「……紅。ごめん。私、もう貴女とは一緒にいられない」


 アノの掠れた声に、紅は足を止めた。


「何を言ってるの、アノ! 私は、ずっと一緒にいたい。だから――」


「無理だよ……。私は、自分が『魔物』なんだと思い知らされた。こうして殺されかけ、この手で人を殺した。このままじゃ、いつか絶対に紅を傷つけてしまう。だから……さようなら」


「迷惑なんて思わない! 私が、鍛えて欲しいなんて言わなければ……! 全部、私のせいなのよ、アノ!」


 紅の絶叫。しかし、アノは悲しげな瞳で武器を構えた。


「……こんなこと、したくない。でも、これしかないの」


 アノが最短距離で斬りかかる。紅はナイフでそれを受け止めたが、アノの蹴りが腹部を捉え、紅は大きく吹き飛ばされた。


「……させない。私が、貴女を連れて帰るんだから!」


 紅は覚悟を決め、ナイフを構えて走り出す。紅の渾身の突き――だが、アノはそれを避けることなく、自らの掌をナイフに突き立てた。


 肉を貫く鈍い音。飛び散る血。


「えっ……何で……。アノ、どうして避けないの!?」


 突き刺さったナイフから手を離し、紅が叫ぶ。


「……バビとの戦いで、悟ったの。痛みに耐えれば、隙が生まれるって」


 アノはナイフを引き抜き、床に捨てた。その手は見る間に狐の鉤爪へと変貌し、傷口を無理やり繋ぎ合わせる。


「甘いのよ、紅……。私は、お腹を貫かれたの。その時の絶望も痛みも、貴女にはわからない……。今の貴女じゃ、私の攻撃は防げないわ」


 アノの姿が消えた。


 神速に近い踏み込みで紅の背後を取ると、情けを断ち切る一撃が紅のうなじに叩き込まれた。


「……あ、の……行か……ない……で……約束、したじゃ……な……」


 倒れ込む紅を、アノは優しく抱きとめた。意識を失った紅をそっと地面に下ろすと、アノの体に変貌の反動による激痛が走る。


「うわぁぁぁぁ……っ!!」


 悲鳴を上げながらうずくまるアノ。だが、彼女は痛みを堪えて立ち上がり、最後に一度だけ紅の寝顔を見つめた。


「ごめんね、紅……。これで、貴女は救われる。自分のために生きてください。さようなら」


 しばらくして、現場に駆けつけたソラニアが見たのは、気絶した紅と、黒焦げになったバビの無惨な姿だった。


「紅!? 何があったの……!? って、この人はバビさん……? ウソでしょ……アノが、殺したの……?」


 静まり返った森の中で、ソラニアは震えが止まらず、ただ立ち尽くすことしかできなかった。


 アノは、孤独な闇の中へと去っていった。



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