25、神速の残光と、無慈悲な刃
森の静寂が、テサロンとバビの放つ殺気によって切り裂かれた。バビが地を蹴り、長槍の穂先がテサロンを強襲する。
「テサロン! 攻撃をいなすだけでは俺を止められんぞ!」
「お前こそ、その程度の突きで俺を沈められると思うな!」
二人の超常的な戦闘を前に、立ちすくんでいたソラニアは震える声で呟いた。
「どうしよう……このままだとアノが。でも、私じゃ入る隙がない……紅たちに知らせるしかないわ!」
ソラニアは覚悟を決め、必死の形相で宿へと走り出した。道中、彼女の長い耳が無意識に森の異変を捉える。
(あっちに何か嫌な気配が……別の道を行かなきゃ!)
期せずして「気配察知」を実践しながら、彼女は最短距離で宿へと辿り着いた。
「はぁ、はぁ……! 紅、助けて……っ!」
地下修練場でソラニアから事情を聞いたラミは、瞬時に事態の深刻さを理解した。
「テサロンの馬鹿、バビに事情を話してなかったのね……! 紅、私は先に行くわ。貴女はソラニアを連れて後から来なさい!」
ラミは突風のように森へと消えた。紅は祈るような思いで、その後を追った。
一方、森ではテサロンとバビの死闘が最終局面を迎えていた。
「やはり、この程度では無理か……。なら、ここからは本気だぜ」
バビが長槍を左手に持ち替え、右手で腰の刀を抜く。槍でテサロンの刀を弾き飛ばし、その瞬間、槍を手放して最短距離で懐に飛び込んだ。
「しまっ……!」
テサロンは咄嗟に蹴りを放ち、バビを突き飛ばす。しかし、バビの刀はテサロンの脇腹を深く切り裂き、バビもまたテサロンの強烈な蹴りを受け止めて血を吐いた。
「流石に……俺も本気を出さないと不味いか。バビ、悪いな」
テサロンの姿が「ブレる」。それは神速の名に相応しい、目にも止まらぬ移動。
すれ違いざま、一閃。
「……ちぃ、流石は『神速』だな」
バビの全身から血が噴き出し、彼は意識を失って倒れ伏した。だが、テサロンもまた、バビが最後に放ったカウンターの一撃に耐えきれず、深い傷から血を流してその場に膝を突いた。
駆けつけたラミが見たのは、血の海に沈む友人二人と、気を失ったアノの姿だった。
「バビ! テサロン!」
ラミは即座に魔法を展開した。獣人の強靭な生命力を持つバビは再生し始めているが、テサロンの傷は致命的だ。彼女はテサロンの傷口に手を当て、全魔力を注ぎ込んで緑色の治癒光で彼を包み込んだ。
「……ラミか。テサロンは、生きてるか?」
先に目を覚ましたのはバビだった。
「ええ、なんとかね。バビ、もうやめなさい」
「……そうか。なら、俺はアノを始末させてもらうよ。危険だからな」
「バビ、私が許すとでも思ってるの!?」
「許さねぇだろうな……だが、すまねぇ」
バビは瞬時にラミの背後へ回り込み、その首筋を打って彼女を気絶させた。彼の目は、昏睡するアノを冷酷に見据えている。
アノが目を覚ましたのは、バビの槍が目前に迫った瞬間だった。
「――っ!」
反射的に地面を転がり、間一髪で槍を回避する。
「この状況は……? 記憶がない。また、私……魔物になったの? バビさん、私を殺そうとしているんですか?」
「ああ。お前が危険な存在だからな。放置はできん」
アノはテサロンの姿を必死に探すが、彼は血を流して倒れている。
「問答無用だ、二人が起きると厄介だからな」
バビの猛攻が始まった。連続して放たれる槍の穂先を、アノは必死に避ける。しかし、背後の大木に追い詰められた瞬間、槍が彼女の服を貫き、木へと縫い止めた。
「これで動きは封じた。……悪く思うな」
バビが鞘から刀を抜く。
「嫌だ……待って、死にたくない! 嫌だ、嫌だ!!」
アノの悲痛な叫びが森に響く。だが、バビの瞳に慈悲はなかった。
「……さらばだ」
振り下ろされた刀が、抵抗できないアノの腹部を容赦なく貫いた。




