23、覚悟の切先と、不可視の波長
朝食を終えた紅とアノが宿の地下へ降りると、そこにはすでにソラニアが待機していた。
「紅、アノ、おはよう! 今日もよろしくね」
「おはよう、ソラニア!」
「よろしくです!」
三人が言葉を交わしていると、テサロンが二人の男女を連れて現れた。
エルフの女性、ラミは紅たちの姿を品定めするように観察し、「なるほどね」と短く呟く。大男のバビもまた「少しは鍛え甲斐がありそうかのう」と不敵に笑った。
「今日から手伝ってもらう俺の古い友人だ」
テサロンが指示を飛ばす。
「アノとソラニアは、俺とバビが実戦形式で外へ連れ出す。魔物との戦闘で叩き上げる。紅は、昨日と同じくここで気配察知を身につけろ。ラミに俺の代わりを任せる」
「バビだ、よろしくな!」
「私はラミ。厳しいから覚悟しなさいよ。今日中にコツを掴ませてあげるわ」
二組に分かれ、テサロンたちが地上へ向かうのを見送った後、地下の修練場には紅とラミだけが残された。
ラミは紅に向き合い、淡々と告げた。
「さて、貴女がどれだけできるか見せてもらいましょう。早速始めるわ、目を閉じなさい」
「えっ? 目を閉じるだけでいいんですか? 目隠しは……」
「目隠し? まさか昨日、目隠し状態でやってたの? ……それは上達した人間がやることよ。テサロンの奴、相変わらず鬼畜ね」
(あの二人、そんな条件で受け止められるようになったの? 驚きだわ)
ラミは内心で舌を巻きながら、紅を促した。
紅が目を閉じ、意識を集中させる。ラミはその場から動かず、指先を突き出した。紅の死角となる背後に魔力の球体を出現させ、無造作に放つ。
――ゴツッ!
「あだっ……!」
頭に直撃を受け、紅はその場に蹲った。
「待ってください、すごく痛い……。木刀じゃないんですか?」
「私のやり方よ。魔法で色々な所を狙うから、気配を察知しなさい」
紅は痛みを堪え、食い下がった。
「ラミさん、その魔法って誰でも使えるんですか? ……私も、試してみたい。このままだとアノを守るどころか、守られるだけになっちゃう。それだけは嫌なんです」
ラミは少し意外そうに紅を見つめ、口角を上げた。
「いいわ。一度でも私の魔法を受け止めることができれば、簡単な魔法を試させてあげる」
「本当!? やります、お願いします!」
それからどれほどの時間が経っただろうか。
紅の体は痣だらけになり、息は絶え絶えだった。それでも一度として魔法を捉えることはできない。
「なんで……何が違うの!? 全然わからない……っ!」
「どうする、まだ続ける?」
ラミの問いに、紅は顔を上げ「まだやります!」と叫んだ。
ラミは静かに助言を口にする。
「目を閉じた後、何を考えてる? 物には必ず、波長や空気の変化が起こる。それを体で、心で感じなさい。……いい、感じるのよ」
紅は再び目を閉じ、世界から雑音を消した。
(背後の空気が、ほんの少しだけ揺れた……?)
耳を研ぎ澄ませる。すると、背後から微かに「キュルキュル」という不可視の回転音が聞こえてきた。
ラミは紅の集中力が今までと違うことに気づいた。
(さて、どうかしら)
容赦なく魔法の弾丸が放たれる。
その瞬間、紅の体が本能的に動いた。
懐からコレハに貰ったナイフを抜き放ち、振り返りざまに一閃。飛来した魔法の球体は、紙細工のように鮮やかに真っ二つに裂かれ、霧散した。
「……あ」
目を開けた紅は、自分の手にあるナイフを見て呆然とした。
「すみません、ラミさん! 体が勝手に動いて、ナイフを使っちゃって……」
ラミは驚愕に目を見開いていた。
「……いや、そこはどうでもいいわ。驚いたのは、ただのナイフで、魔法をあんなに綺麗に切り裂いたことよ」
(あんなに真っ二つにするなんて、テサロン以来だわ。偶然……? それとも才能?)
確かめるべく、ラミは間髪入れずに紅の頭上に魔法を出現させ、そのまま真下へと落下させた。
「――さあ、次はどう動くのかしら?」
と。




