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それでも化物にならなかった  作者: ひろろん
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01話

 

 袋から解放された女性は、突如差し込んだ光に耐えきれず、反射的に目を閉じた。

 長時間、暗闇の中に閉じ込められていたせいで、視界が焼けるように痛む。


「……っ」


 だが、そんなことを気遣う者はいない。


「おい、刻印のときに暴れるかもしれん。数人で押さえとけ」


 その声と同時に、複数の手が彼女の身体を掴んだ。

 腕、肩、背中、脚――逃げ場を完全に塞ぐように押さえつけられる。


(やだ……なに……? 刻印って……?)


 恐怖が胸いっぱいに広がる。


(イヤだイヤだイヤだイヤだイヤだ……!)


「ふぅぅぅぅ!!」


 口枷のせいで、悲鳴は歪んだ息にしかならない。

 必死に身をよじるが、拘束はびくともしなかった。


 そのとき――

 近くで「ジュウ……」と、金属が焼ける音が聞こえた。


「……本来なら背中に刻むんだがな」


 低く、楽しげな声。


「たまには手の甲も悪くない。逃げても一目で分かる。よし、右手だ。手枷を外して突き出せ」


 ガチャリ、と音を立てて手枷が外される。

 直後、右腕を無理やり引き出され、手の甲を上に向けて押さえつけられた。


「うぅ……うぅぅ……!」


 次の瞬間。


 ――ジュウウウッ!!


 焼けた鉄が手の甲に押し当てられた。


「――――ッ!!!!!」


 声にならない叫びが喉を裂く。

 皮膚が焼け、焦げる匂いが立ち昇る。

 激痛が脳を突き刺し、視界が白く弾けた。


「ギィ……ィィィ……ッ!!!!」


「キヒヒ……やっぱり何度聞いてもいい悲鳴だ」


 刻印を押した者が満足そうに笑う。


「口枷付きだと、いつもより音が鈍いがな。よし、36997番の牢へ連れていけ」


 そして、事務的に言い放つ。


「今日からお前は――36998だ」


 女性は引きずられるように牢へと連行され、

 中へ投げ込まれると同時に拘束と口枷を外された。


「――っ……!」


 床に倒れ込み、彼女は震える手で右手の甲を押さえた。


「……あつい……痛い……」


 焼けるような痛みが、いつまでも消えない。


「……なんで……こんなことに……」


 理解できない。

 何も分からない。


「……誰か……助けて……」


 その場で、声を殺して泣き始めた。

 すると――

 背後から、そっと身体に触れる感触があった。


「……新入りか。可哀想にな」


 低く、しわがれた声。


「大したことはできんが……痛みを和らげるくらいなら、な」


 そう囁かれた直後。


 ――不思議なことに。


 あれほど激しかった灼熱と痛みが、嘘のように引いていった。


「……え……?」


 女性は呆然と手の甲を見る。


「……和らいだ……? なんで……?」


「さあな。秘密じゃ」


 声の方を振り返ると、そこには年老いた男が座っていた。

 深い皺に覆われた顔、痩せた身体。

 だが、その目だけは妙に鋭かった。


「それより……お前さん、なぜここに来た?名前は?」


 女性は首を横に振る。


「……分からない……。どうして連れてこられたのかも……自分が誰なのかも……」


 言葉が震える。


「……何をして生きてきたのかも……全部…………名前も……思い出せない……」


 老人は顎に手を当て、しばらく考え込む。


「……そうか」


 そして静かに言った。


「なら、まずはここを知ることだな」


 老人は語り始めた。


 この場所には、各地から集められた人間が奴隷として収容されていること。

 朝から晩まで炭鉱で掘削作業を強いられること。

 今日は脱走者が出たため、見せしめと取り調べで全員牢待機になっていること。


「ここでは名前は捨てる。番号だけが、お前さんの存在だ」


 老人は自分を指差す。


「ワシは36997」


 そして女性を見る。


「お前さんは36998だ」


 さらに――

 老人はここに来てから、すでに30年近く経つと語った。


「この場所から、生きて出た奴は……おらん……死にたくなければ、脱走なんぞ考えるな」


 話を聞き終えた頃、女性は心も身体も限界だった。


「今日は休め。明日から……地獄が始まる」


 そう言われ、牢の端に敷かれた藁の上に横になる。


 目を閉じると、すぐに意識は沈んでいった。


 ――どれほど経ったのか。


 ガン! ガン! と鉄を叩く音で、跳ね起きる。


「……っ!?」


「朝の点呼だ」


 老人が静かに言う。


「番号を呼ばれたら返事しろ。終わったら朝飯だ」


 やがて牢の前で兵士が足を止める。


「36997、36998」


「はい」「……はい」


 袋が投げ込まれ、竹筒が置かれる。


 老人は袋を開き、石のように硬いパンを取り出して半分に割り、女性へ差し出した。


「今日はこれだけだ。食わんと昼まで持たん」


 女性も口に入れるが、あまりの硬さに眉をひそめる。


「……硬い……」


 老人の真似をして、水に浸しながら何とか食べ終える。


 食後、女性はおずおずと声をかけた。


「あの……」


 だが老人は、牢の隅にある穴を指差した。


「便所はそこじゃ」


「……冗談……ですよね?」


「いいや。外を見てみろ」


 柵越しに周囲を見ると、男も女も、年齢問わず穴に用を足していた。


「……嘘……」


 力が抜け、座り込む。


「……仕方あるまい」


 老人が小さく呟き、指を鳴らす。


 次の瞬間――

 周囲の喧騒が、まるで切り取られたように消えた。


「……え……?」


「これなら、聞こえも見えもしない。急げ。長くは保たん」


 震えながら穴へ向かい、女性は羞恥と屈辱に耐えながら用を足した。


 終わったと告げると、再び指を鳴らす。


 世界が、元に戻った。


 女性は真剣な目で老人を見る。


「……今の……何をしたの……?あなた……何者……?」


 老人は、くくっと笑った。


「ほっほ……ワシはただの――くたびれた、年老いた爺さんじゃよ」


 だが、その笑みの奥に、何か隠しているような気配だけが、確かに残っていた。

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