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それでも化物にならなかった  作者: ひろろん
17/21

16話

 

 話を聞き終えた長は、深く顎に手を当て、しばし考え込むように目を伏せた。

 そして、ゆっくりとした口調で言葉を紡ぐ。


「記憶がないということは……話を聞く限り、紅が殺されそうになった瞬間、お前はその狐の魔物へと変貌したのではないか?」


 静まり返った部屋に、その声が落ちる。


「そして、その三人の人物と戦った。勝ったか負けたかは定かではないが……戦いの後、全身が爛れたまま人の姿へ戻り、気を失った。

 そのところを、我が集落の者が発見し、ここへ運び込んだ――そう考えるのが自然だろう」


 それに付き添っていた人物も、小さく頷きながら続ける。


「確かに。記憶が失われているのは、魔物の姿だったからでしょう。あくまで憶測ですが……アノは、魔物の姿のまま紅を守りながら戦っていたのではないでしょうか」


 アノは思わず紅の方を見た。


「……魔物の状態で、紅を助けた?でも……そんなこと、本当にあり得るの?ただ……記憶がないのって、魔物の姿になった時だけで……」


 言葉を探すアノに、紅は一瞬驚いたように目を見開き、やがて静かに微笑んだ。


「……その可能性、あるのね。全然考えもしなかった。アノ、記憶がなくても……本当なら、助けてくれてありがとう」


 そのやり取りを見守っていた付き添いの人物が、ふと空気の変化を感じ取る。


「……長様。外から何者かの気配があります。

 とりあえず、姿を消します」


 長は小さく頷き、


「そろそろ食事の時間やもしれんな。よいか二人とも、我のことは話すでないぞ」


 そう告げると、付き添いの人物が長に触れた瞬間、二人の姿は薄れていき、やがて完全に透明になった。


 それと同時に、何もなかったはずの壁に扉が出現する。

 食事を運ぶ数人の人物が部屋に入り、アノの顔を見るなり、露骨に顔を歪めた。


「……化け物め。せいぜい大人しくしていろよ」


「化け物なんかに食事なんて贅沢だが……仕方ない。置いてやるから感謝しろ」


 吐き捨てるように言い残し、彼らは乱暴に食事を置くと、すぐに部屋を出て行った。

 扉は再び音もなく消える。


 しばらくして、消えていた長と付き添いの人物の姿が、ゆっくりと戻り始めた。

 長は沈んだ表情でアノを見る。


「……アノ、すまぬな。我が集落の者が、あのような振る舞いを」


 アノは小さく首を振った。


「……大丈夫です。もう、気にしないと決めましたから」


 その時、紅が気づいた。

 付き添いの人物が、置かれた食事をじっと見つめていることに。


「……あの、食事を見てどうされました?

 もしかして、お腹が空いているとか……?」


 その問いに、付き添いの人物は淡々と答える。


「毒が入っていますね。それも、かなり強力な毒です」


 その言葉に、アノの表情が一変する。

 警戒するように、長と付き添いの人物を見据えた。


「……私たちを殺すつもりだったんですか?

 長は、そのつもりでここに……?」


 紅はすぐに首を横に振った。


「アノ、この二人は違うと思う。だって……毒が入ってるって教えてくれた。殺すつもりなら、わざわざ言わないはず」


 アノは一瞬考え、ゆっくりと警戒を解いた。


「……言われてみれば、そうかも」


 長は苦々しげに眉を寄せる。


「まさか……ここまでの暴挙に出るとは。このまま集落に留まれば、命を落とすやもしれん……」


 そして、決意を込めた声で告げる。


「紅、アノ。お前たちを、この集落から逃がす。それしか、手がないかもしれぬ」


 付き添いの人物が一歩前に出る。


「でしたら、長様。長様の部屋にある、秘密の抜け道を使うのが良いかと」


「さらに……アノ様を治す方法を探すのであれば、この大陸を離れ、船で別の大陸――クラリストン大陸へ向かわれるのが良いでしょう。あそこには知識が集まり、多くの情報が眠っています」


「秘密の抜け道を抜けた先には港街があります。この大陸に留まるより……遥かに安全かと」


 紅とアノは顔を見合わせ、深く頭を下げた。


「……私たちのために、ありがとうございます」


「私のせいで……すみません……」


 長は静かに首を振る。


「謝るでない。我は二人を逃がす。あとのことは、任せよ」


 付き添いの人物は頷き、壁に手を触れた。

 すると再び扉が現れ、長たちはその中へと姿を消した。


 残された付き添いの人物は、長たちの気配が完全に消えたのを確認すると、自らの服を引き裂き、体を汚す。

 そして部屋の中でわざと激しく暴れ、音を立てた。


 その音に気づいた集落の者たちが扉を開く。


「何事だ! ……って、なぜ貴方様がここに?その服と汚れは……? それに、その大きな穴は……」


 付き添いの人物は息を荒げ、演技を交えて叫ぶ。


「長の命で、この場所に隠密で侵入し、情報を盗み聞きしていた!だが、あの二人に気づかれ、化け物の姿になった奴と交戦した!」


「二人は壁を破壊して逃走した!すぐに部隊を編成し、追跡しなさい!!」


 そして、鋭い視線を向ける。


「……それと。食事に毒を仕込んだのは誰の命です?後ほど、必ず報告を」


 集落の者たちは慌てて頷く。


「……了解しました。料理を担当した者は、後ほど突き出します。すぐに部隊を編成し、追跡に移ります!」


 彼らが去った後、付き添いの人物は小さく息を吐いた。


(……時間稼ぎはこれで十分。今から追っても、あの秘密の抜け道を使った二人には追いつけない。ましてや、港街に繋がっているなど……誰も知らない)


 そう考え、長の元へ戻るため、その場を後にした。



 その頃、紅とアノは長の部屋に到着していた。


 長が机の下に手を伸ばすと、机が音もなく横へと動き出す。

 床の下から、階段が姿を現した。


「……机が動いて、階段が……」


「これが……秘密の抜け道ですか?」


 長は静かに頷く。


「そうだ。ただし、我はここから先へは行けぬ」


「一本道ゆえ、迷う心配はない。それと……船を出す者に、これを渡すがよい」


 そう言って、長は小さな小包を差し出した。


「これがあれば、無料で船に乗せてくれるはずだ」


 紅とアノは小包を受け取り、深く頭を下げる。


「……ありがとうございます、長」


「ありがとう……ございます」


 二人が階段を降りていくのを見送りながら、長は穏やかに言った。


「また、機会があれば会えるだろう。ではな」


 やがて、長は再び机の下に手を伸ばし、階段を隠すように机を元の位置へ戻した。


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