15話
紅とアノの間に、重苦しい沈黙が流れ続けていた頃。
集落の一角にある家では、多くの人々が集まり、ひそひそと、しかし確かな怒りを帯びた声を交わしていた。
「いい加減、あの長にはもうついていけない」
「そうだ。追放するために動くべきだ!」
「例の女と化け物を利用して、全部長のせいに仕立て上げればいい」
「行動するなら、早いほうがいい」
不穏な言葉が飛び交う中、そこにいた子供の一人が、隣の大人の袖を引いた。
「父ちゃん。長は、どうしてそんなに嫌われてるの?」
その問いに、男は小さく鼻を鳴らす。
「前任の長は、本当に立派な方だった。だが今の長は、その方に比べて劣っている。愚かだ。そんな奴に、誰が従う?」
「そっか。前の長はすごかったんだね。なら、従わなくて正解だね」
「ああ、その通りだ」
やがて、一人の人物が声を低くして提案した。
「次の食事に毒を盛る。それをあの二人に食べさせて殺すんだ。死んだ後で部屋を荒らして、暴れたように見せかける。責任は長に取らせる」
誰も反対しなかった。
こうして、密談は静かに終わりを迎えた。
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一方その頃。
長は、付き添いの人物と共に、紅とアノが閉じ込められている部屋の壁の前に立っていた。
「すまぬな。こんな事をさせてしまって……どうしても、あの二人と話がしたくてな」
そう言う長に、付き添いは静かに首を振る。
「いえ、問題ありません。それが長の望みであれば。では……扉を」
付き添いが壁に手を触れると、そこに扉が現れる。
二人が中へ入った瞬間、張り詰めた空気が肌を刺した。
「……なんなのだ、この重い空気は。何があった?」
突然現れた長の姿に、紅とアノは顔を見合わせる。
「えっと……どなたですか? それと、この空気については……」
「紅、この方が長です。それと……その、すみません」
付き添いが後ろから入り、扉を塞ぐ。
長は二人を見据え、落ち着いた声で言った。
「よい。まずは話してみい。我にできることなら、力になろう」
アノが、先ほどまでの会話の内容を説明すると、長は肩をすくめた。
「何かと思えば……そんなことで、ここまで空気を重くするとはな」
その言葉に、アノは強く言い返す。
「“そんなこと”ですか? 私にとっては、とても大切なことです!長も、私を化け物だと思っているから、軽く済ませようとするんでしょう!」
長は、アノを真っ直ぐに見つめた。
「馬鹿馬鹿しい。我は、人間であろうと化け物であろうと、気にせん」
そう前置きし、言葉を続ける。
「気にしたところで、どうにもならぬだろう?
それで何かが変わるのか? 変わらんだろう。ならば、どうすればよいかを考えるべきではないのか?」
そして、二人に問いかける。
「この先も、人間だの化け物だので空気を重くし、気まずいまま過ごすつもりか?」
紅とアノは言葉を失う。
「それは……」
「……」
沈黙を破ったのは、付き添いの人物だった。
「私めも、かつて友と同じような場面を経験しました。迷い続け、気まずいまま時を過ごし……その友が亡くなってから気付いたのです。一緒に“どうすればいいか”を考えるべきだった、と」
静かな声で、しかしはっきりと告げる。
「後悔しても、もう遅い。だからこそ、お二人には、同じ後悔をしてほしくありません」
紅とアノは、その言葉を胸に刻む。
「……後悔、ですか。確かに……一緒に考えるべきなのかもしれません。ありがとうございます」
「私も……気まずいままは嫌です。少し、考え方を変えてみます」
長は満足そうに頷いた。
「よし。では、本題に入ろう。我がここへ来たのは、お主がなぜ治癒能力を得たのか、それを聞くためだ」
アノは困ったように首を振る。
「……それが、分からないんです。そもそも、なぜ全身が爛れていたのかも覚えていません。
覚えているのは……紅が殺されそうになったところまでで……」
「覚えていない、だと?」
長は声を上げ、付き添いは反射的に前へ出て構える。
「殺されそうになったとはどういうことだ。お前達、何をしでかした?」
紅は一歩前に出て言った。
「簡単な説明になりますが……聞いていただけますか?それと、私達は敵対するつもりはありません」
「……構えを解け。まずは話を聞こう」
付き添いが後ろへ下がるのを確認し、紅は語り始めた。
「私達は、奴隷として洞窟にいました。そこでアノは、土のようなものを無理やり食べさせられ……狐の姿をした魔物になったのです」
一瞬の間を置き、続ける。
「さらに、もう一体魔物がいて……暴れました。生き残ったのは、私とアノだけです」
付き添いが低く呟く。
「土を食べて魔物に……聞いたことがない。しかも、もう一体……何が行われていたのだ」
アノは震える声で続けた。
「その後、逃げ出した先で野宿をしている時……私は変貌した手で、紅を傷つけてしまいました」
俯きながら、言葉を絞り出す。
「そこで、私は理解したんです。自分が化け物になって、暴れていたんだって。それから追っ手が現れて……私の引き渡しと、紅の始末を命じられたと聞きました」
顔を上げ、静かに締めくくる。
「……そこから先の記憶は、ありません」
そうして、アノの話は終わった




