14話
紅とアノの間に、重く沈んだ沈黙が流れ続けていた。
言葉を交わせば壊れてしまいそうで、けれど何も言わなければ、この距離が永遠になってしまう気がして――二人は互いを見つめることすら出来ずにいた。
その頃、集落の一角にある一軒の家には、多くの人間が集まっていた。
低く抑えられた声が、次第に熱を帯びていく。
「もういい加減、あの長にはついていけない」
「そうだ。決断の時だ。追放するために行動すべきだ!!」
「ちょうどいい駒があるだろう? あの女と、あの化け物だ」
「全部、長のせいに仕立て上げればいい」
「やるなら早いほうがいい。迷っている時間はない」
不穏な空気の中、集まっていた者の一人――まだ幼い子供が、隣にいた男の袖を引いた。
「ねぇ父ちゃん。どうして、みんな長のこと嫌いなの?」
男は少しだけ目を伏せてから、当然のように答える。
「前任の長はな、立派な方だったんだ。皆に慕われ、集落を守ってきた。だが今の長は違う。劣っているし、判断も甘い。だから誰も従わない」
「へぇ……。じゃあ、従わなくて正解なんだね」
「ああ、そうだ」
その会話を背に、一人の男が決定打を口にした。
「次の食事だ。毒を盛る。それをあの二人に食わせて殺す。
死んだ後で部屋を荒らし、暴れたことにして……長に責任を取らせる」
誰一人として反対の声は上がらなかった。
静かに、だが確実に、話し合いは終わりを迎えた。
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一方その頃、長は付き添いの人物と共に、紅とアノが閉じ込められている部屋の裏手に立っていた。
「……すまぬな。こんな真似をさせてしまって」
長は壁に手を当てながら、静かに言った。
「どうしても、あの二人と話したくてな」
付き添いの人物は首を振る。
「問題ありません。長の御意志とあらば。――では」
壁に触れると、何もなかった場所に扉が現れる。
二人が中へ入った瞬間、肌にまとわりつくような重苦しい空気を感じ、長は眉をひそめた。
「……何なのだ、この空気は。何があった?」
突然の来訪に、紅とアノは顔を見合わせる。
「えっと……どちら様ですか?」
「紅……この方が、長です」
アノの言葉に、長の背後から付き添いの人物が入り、扉を閉ざす。
「よい。まずは話してみよ我が何とか出来ることなら、してやる」
促され、アノは躊躇いながらも、沈黙の原因を語った。
話を聞き終えた長は、意外そうに鼻を鳴らす。
「……何かと思えば、そんなことで空気が重くなるとはな」
その言葉に、アノの感情が一気に噴き出す。
「そんなこと!? 私にとっては、とても大切なことです!それを“そんなこと”で済ませるなんて……長も、私を化け物だと思ってるからでしょう!」
長は一瞬目を見開き、次の瞬間、強い口調で言い放った。
「馬鹿馬鹿しい。我は人間だろうと化け物だろうと、気にせん」
アノが言葉を失う中、長は続ける。
「気にしてどうなる? それで何かが変わるのか?変わらんだろう。ならば、どうすればいいかを考えるべきではないのか?」
「お前たちは、この先も“人間”だの“化け物”だので空気を重くし、気まずいまま一緒に生きるつもりなのか?」
沈黙。
答えられない二人の前に、付き添いの人物が静かに口を開いた。
「私も、かつて……迷い続け、友と気まずいまま過ごしたことがあります‥‥。どうすれば良いかを一緒に考えなかった。その友が亡くなってから、気付いたのです‥‥‥後悔しても、もう遅いと」
その言葉に、紅は小さく息を吸った。
「……後悔、ですか」
「そうですね……一緒に考えるべき、だったのかもしれません」
アノも頷く。
「私も……気まずいままは、嫌です。少し、考え方を変えてみます」
それを聞き、長は満足そうに頷いた。
「うむ。それでよい」
そして、改めてアノを見つめる。
「さて。我がここへ来た理由だ。お主が、なぜその治癒能力を得たのか――それを聞きたい」
アノは首を振る。
「……分かりません。そもそも、なぜ全身が爛れていたのかも……覚えていないんです」
「覚えているのは、紅が殺されそうになったところまでで……」
「なに?」
長の声が鋭くなる。
「殺されそうになった、だと?お前たちは、一体何をしでかした?」
付き添いの人物が即座に前へ出て、長を庇うように構える。
紅は慌てて首を振った。
「簡単な説明になりますが……聞いてください。私たちは、敵対するつもりなんてありません」
長は付き添いに目配せする。
「構えを解け。話を聞こう」
紅は、静かに語り始めた。
「……私たちは、奴隷として洞窟にいました。
そこで、アノは“土”を無理やり食べさせられて……その後、狐の姿をした魔物に変貌しました。他にも、もう一体魔物がいて……暴れ、私たち以外は生き残れなかった」
付き添いが低く呟く。
「土を食べて、魔物に……? 聞いたことがない。そこで、一体何が行われていた……?」
アノは続ける。
「わかりません‥‥。私達はそこから逃げ出した後、野宿をしていた時……私は、自分の手が変貌して、紅を傷つけました」
「その時、理解したんです。私が……“化け物になって暴れていた”って」
「それから追っ手が現れて、私の引き渡しと、紅の始末を命じられていると聞いて……そこから先は……覚えていません」
話し終えた部屋に、再び静寂が落ちた。
――だが先ほどとは違う。
この沈黙は、絶望ではなく、これからを考えるためのものだった。




