13、断絶された信頼と、冷たき鉄格子の孤独
とある一室。クリルトンは、隊長が持ち帰った黒焦げの遺体と採取されたサンプルを眺めていた。
「狐の死体は見つかりませんでしたが、生き残りがいたため柊たちに追撃を命じました」
隊長の言葉に、クリルトンは遺体を検分しながら薄笑いを浮かべる。
「ご苦労様。それにしても、死んだ後に人間に戻るとは……実に興味深い原理だ」
そこへ、血相を変えた兵士が飛び込んできた。
「報告します! 柊副隊長が帰還されました。ですが、狐の魔物と交戦し、深手を負っております。柏木も片腕を失いました」
「深手だと?」
クリルトンの目が鋭く光る。
「あの狐の仕業か」
そこへ名倉が現れ、隊長の前で膝をついた。
「隊長、申し訳ありません……。あの狐は、逃げ出した女を守るために変貌したのです。しかも、人間の姿から一瞬で」
「人間の姿からだと? クリルトン、そんなことがあり得るのか」
隊長の問いに、クリルトンは肩をすくめた。
「前例がない。だがこの遺体も人間に戻っている以上、何らかの条件で姿を変えられるのかもね。それで、その狐はどうなった?」
「柊副隊長がリミッターを解除し、致命傷を負わせました。その後、狐は人間の姿に戻って崖下の激流へ……。生還は絶望的とのことです」
「回収はなしか。まあいい、了解したよ」
クリルトンの淡白な返事に、隊長たちは不快感を露わにして部屋を去った。廊下に出るなり、名倉が小声で吐き捨てる。
「実験のことばかり……。仲間の痛手など、あいつには塵ほども価値がないのか。いっそ殺してやりたいわ」
「今はまだ、あの男の頭脳が必要だ。利用価値がなくなれば、いずれ消す命だ……。それまでの辛抱だぞ」
隊長の冷徹な言葉が、暗い回廊に響いた。
場面は変わり、見知らぬ部屋のベッドの上。紅が意識を取り戻した。
「……天井? 助かったの? ――アノは!?」
紅は弾かれたように起き上がった。しかし、清潔な室内には自分の他に誰もいない。不安に駆られて立ち上がろうとした時、扉が開いて一人の男が入ってきた。
「気がついたか。体調はどうだ?」
「ええ、大丈夫です。……それより、ここ、どこですか!? 一緒にいた女の子はどうなったんですか!」
紅の問いに、男の声が一段と低くなる。
「あの女なら、北の牢獄に拘束し、閉じ込めている」
「牢獄に拘束!? なんでそんなことを!」
紅が詰め寄るが、男は冷淡な視線を崩さない。
「あの女は、人間じゃない。運んできた時はひどい爛れようだったが、治療する間もなく勝手に再生し始めた。人間とは違う異質な匂いもする。今、村の長たちが、あの化け物を処分するかどうか議論している最中だ」
「アノは人間よ! 案内して、今すぐに!!」
「断る。君が何を言おうが、あれは危険な存在だ。議論が終わるまで大人しくしていろ」
男は紅を突き放し、部屋を出た。直後、魔法が発動したのか扉は壁と同化し、出口を完全に封鎖してしまった。
「ここから出して! アノに何かあったら、絶対に許さないから……!!」
拳で壁を殴りつける紅の叫びは、無機質な部屋に虚しく反響するだけだった。
地下の薄暗い牢獄。アノは冷たい石床の上で意識を取り戻した。
手足は四肢を広げた状態で壁に固定され、口には厳重な口枷を嵌められている。
(体が動かない……声も出せない。紅はどこ……?)
吊り橋の後の記憶が欠落している。敵に捕まったのか、それとも別の何かなのか。恐怖に震えていると、階段を降りてくる足音がした。
「これを処分するかどうか、これから話し合う。その前に、一目見ておこうと思ってな」
檻の前に立ったのは、数人の男たちだった。
「長、早く行きましょう! こいつは化け物です! 皮膚の爛れが目の前で治っていくのを見た時、吐き気がしました! ここにいれば殺されるかもしれない!」
「そうです。拘束しているとはいえ、安全とは限りません。長、早く離れましょう」
同行した者たちの露骨な嫌悪と恐怖の声。長と呼ばれた人物は、黙ってアノを見下ろした。
「……仕方ない、行くか」
足音が遠ざかり、再び静寂が訪れる。アノの瞳から、静かに涙が溢れ出した。
(ひどく爛れてたって、何? 私はまた……誰かを傷つけたの? また化け物って呼ばれた……。私を人間として見てくれる人なんて、もう……)
(……紅、つらいよ。私……ここで処分された方がいいのかな。もう、これ以上……誰も傷つけたくないよ……)
自由を奪われた闇の中で、アノは絶望に沈み、ただ消えてしまいたいという願いを胸に抱くしかなかった。




