12話
とある施設の一室。
机の上には、布に包まれた死体と、土や石の塊が無造作に置かれていた。
クリルトンの正面に立つ、隊長と呼ばれた男が淡々と報告する。
「これが例の回収物と死体だ。狐の死体は発見できなかった。ただし、生き残りがいた可能性が高いため、柊副隊長を追撃に向かわせている」
クリルトンは布をめくり、死体を覗き込む。
炭化しかけた肉体――しかし、その形は明確に人間だった。
「……ほう」
小さく息を吐き、興味深そうに目を細める。
「完全に人間に戻っている。どういう原理だろうね……これは。実に興味深い」
そのとき、扉がノックもなく開いた。
「隊長、報告です。柊副隊長が帰還しました。ただし――」
一瞬、言葉を選び。
「かなりの深手を負っています。柏木も片腕を失いました」
クリルトンは視線を上げる。
「……深手?相手は、例の狐の魔物かい?」
「詳しい状況はまだ。ただ、副隊長は武器のリミッターを解除したとのことです。現在、治療中ですので……目を覚ましてからでなければ詳細は」
その会話を遮るように、名倉が入室し、隊長の前で膝をついた。
「隊長……申し訳ありません」
声は硬いが、悔しさが滲んでいる。
「柊副隊長は、狐の魔物と交戦し重傷を負いました。あの狐は……逃走した女を守るため、人間から変貌しました」
隊長の眉が動く。
「女、だと。逃げた女で間違いないな?」
そして、クリルトンを見る。
「狐の魔物が人間に戻る……そんなことがあり得るのか?」
クリルトンは肩をすくめた。
「理論上は不明だね。前例がない。だが、この死体も人間に戻っている。何かしら条件がある……と考えるのが自然だろう」
名倉が続ける。
「狐の魔物は、深手を負わせました。人間の姿に戻った後、気絶し……崖下の川へ落下しました」
「……生存は?」
「副隊長曰く、“生きていたら奇跡に近い”と」
「……なるほど」
クリルトンは淡々と頷く。
「死体回収は不可、か。了解したよ」
隊長は一礼する。
「では、我々はこれで失礼する。柊副隊長の容体が気になりますので」
そうして一行は部屋を後にした。
――廊下に出てから、名倉は低い声で吐き捨てる。
「……実験だ、研究だと。あの男は自分の興味しか見ていない」
拳を握り締める。
「こちらは、あれだけの損害を出したというのに……正直、殺してやりたいです」
隊長は歩みを止めずに答えた。
「分からんでもない。だが今はまだ、あの男には利用価値がある」
一拍置き、
「価値がなくなれば、処分命令は必ず下る。それまで耐えろ」
「……了解です」
名倉はそう答え、黙って後に続いた。
場面は変わる。
紅は、静かな部屋で目を覚ました。
白い天井が視界に映る。
「……天井……?」
瞬きを数回。
「助かった……の?……それより、アノは……?」
体を起こし、周囲を見る。
だが、そこにアノの姿はない。
「……いない?」
胸がざわつく。
「……私の傷……誰が……?」
考えるより先に、紅は立ち上がり、扉へ向かう。
――その瞬間、扉が開き、男が入ってきた。
「目が覚めたか。体調はどうだ?」
「……体調は、大丈夫です」
紅は一歩踏み出す。
「それより、ここはどこですか?もう一人……女の子を見ませんでしたか?」
男の声が低くなる。
「……あの女なら、牢獄に拘束している」
「……牢獄?」
紅は男に詰め寄る。
「どうして!?アノが、何をしたって言うの!」
男は一切動じず答えた。
「あの女は……人間ではない」
その言葉に、紅の顔が強張る。
「運ぶ前、体は酷く爛れていた。だが、治療を始める前に……勝手に治癒し始めた」
淡々と続ける。
「危険と判断した。四肢を拘束し、口枷を付け、牢に隔離している」
「……そんな……」
「さらに、魔物の匂いが微かにする。現在、長たちが“処分するかどうか”を協議中だ」
紅は男の胸倉を掴んだ。
「……ふざけないで!!アノは人間よ!案内して!!」
男は紅の手を払いのける。
「それは出来ない。君がどう思おうと、あの女は危険だ」
一歩下がり、冷たく告げる。
「議論が終わるまで、ここにいろ。食事は後で運ばせる」
そう言って去ると、
次の瞬間、扉は壁へと変わった。
紅は壁を叩く。
「出しなさい!!アノの所に連れて行きなさいよ!!」
拳が痛むのも構わず叫ぶ。
「処分なんておかしい!!アノは人間よ!!」
声は、虚しく部屋に反響するだけだった。
一方、薄暗い牢獄。
アノは、重たい意識の底から目を覚ました。
――動かない。
四肢は完全に拘束され、口には口枷。
声を出そうとしても、空気が漏れるだけ。
(……なに、これ……)
混乱が広がる。
(紅は……?……私、どうなったの……?)
記憶は、紅を守ろうとしたところで途切れている。
足音が階段を降りてくる。
数人の影が、牢の前で止まった。
「……これが、例の個体か」
「処分を検討する前に、一目見ておこうと思ってな」
別の声が言う。
「しかし……幼いな」
「もう一人の女は治療し、保護している。間もなく目を覚ますだろう」
苛立った声が割り込む。
「長、早く行きましょう。この化け物……皮膚が爛れ、即死レベルでした」
「それが……見る見るうちに治癒したのです」
「ここに居れば、何をするか分からない」
「……拘束しているとはいえ、安全とは言えません」
沈黙の後。
「……仕方ない。行こう」
足音が遠ざかる。
静寂。
アノは、ただ天井を見つめる。
(……化け物……)
(……また……)
胸が締め付けられる。
(……人間として……見てくれる人……いない……)
目尻から、涙が滲んだ。
(……紅…………私……辛いよ…………ここで……処分された方が……いいのかな……)
答えは、どこにもなかったのであった。




