1. 冷徹な目覚め
湿った空気が停滞する地下深くの牢獄。壁に繋がれた鎖の先には、一人の女性が意識を失ったまま吊るされていた。静寂を破ったのは、軍靴の足音と、場にそぐわない豪奢な衣擦れの音だ。
武装した兵士たちを従え、傲慢な笑みを浮かべた貴族風の男女がその檻の前で足を止める。
「おい、この女を起こせ」
冷酷な命令が下る。兵士が桶に汲んだ冷水を、容赦なく女性の顔に叩きつけた。
「……っ!? つめた……っ。えっ、あ、あれ? ここは……?」
跳ね上がるように意識を取り戻した彼女は、すぐに自分の手足に食い込む鉄の感触に気づいた。目の前に並ぶ「捕食者」たちの姿を睨みつけ、彼女は声を絞り出す。
「誰だ、お前ら……。私を拘束してタダで済むと思っているのか? 今すぐ解け、そうすれば命までは取らない」
その虚勢に対し、着飾った女の一人が嘲笑を返した。
「威勢が良いこと。けれど、そんな取引は無意味よ」
「……そう。なら、力ずくで外すまでだ。来い!」
彼女が魔力か、あるいは身体能力で抗おうとしたその瞬間、地下室に**「バチバチッ」**という不吉な放電音が鳴り響いた。
「あああああああ!!!」
全身を焼くような電流に、彼女の叫びが木霊する。
「ふふ、いい悲鳴ね。言い忘れていたけれど、その鎖には電流が流れる仕組みなの。無駄な抵抗はやめておきなさい」
女が合図すると電流は止まったが、彼女は荒い呼吸を繰り返しながら、憎しみを込めて問いかけた。
「はぁ、はぁ……目的は何だ。なぜ私を捕らえた……!」
最後に、沈黙を守っていた高官らしき男が冷たく告げる。
「君が将来、この国の脅威となる存在だからだよ。これは国王陛下直々の命だ。……安心したまえ、どのみち君はこの場で全ての記憶を消去される」
男の指パッチンを合図に、兵士たちが怪しげな機械式マスクを準備し始めた。
「そんな……許されるはずがない! 王がそんな非道なことを……!」
彼女の必死の抵抗も虚しく、多勢の兵士に頭を固定され、異様な臭いの漂うマスクが顔を覆う。スイッチが入れられた瞬間、彼女の視界は白濁し、思考が砂のように崩れ去っていった。
意識を失い、ぐったりとした彼女の背後から、汚れた服を着た卑屈そうな男女が現れた。
「……おい、俺たちの娘を『記憶消去の実験体』に提供したんだ。報酬は約束通りもらえるんだろうな?」
「お金をくれるって言うから協力したのよ。今さら嘘なんて言ったら、この実験のことを全部バラすから!」
彼らは、彼女の実の親だった。高官たちは蔑みの目を向けながら、大金の詰まった袋を放り投げる。
「もちろんだ。それを受け取ったら、二度とこの国に面を見せるな」
「自分の子供を金で売るとは……哀れな親もいたものだね」
金貨の重みに歓喜し、その場を立ち去る両親。しかし、彼らが扉の向こうへ消えた直後、高官の一人が冷酷なスイッチを手に取った。
「何も知らずに金を受け取るとはな。その袋の底には、爆破装置が仕込まれているというのに」
「くくく……さて、退場してもらいましょうか」
ドォォォォン!!
遠くで響く爆発音。それが、彼女の過去との決別を告げる弔鐘となった。
「この女はどうしますか? 本当に記憶が消えたのでしょうか」
不安がる兵士に、高官の女が指示を出す。
「もし記憶が残っていたら厄介ね。……いいわ、奴隷炭鉱へ引き渡してきなさい。あそこには私の部下がいる。監視させ、もし記憶が戻っているようなら、その場で殺すように伝えなさい」
兵士たちは手際よく彼女を袋に詰め込み、猿ぐつわを噛ませ、わずかな空気穴だけを確保して運び出した。
――数時間後。
「ふぐ……っ!? モガモガ……っ!」
暗闇の中で目を覚ました彼女は、混乱した。声が出ない。手足が動かない。そして何より――。
(私は……誰? ここはどこなの? 何も、思い出せない……)
彼女を運ぶ兵士たちの囁き声が聞こえる。
「おい、女が目を覚ましたぞ」
「構うな、炭鉱まであと少しだ。運ぶことだけ考えろ」
やがて、彼女を包んでいた袋が手荒に投げ出された。
「輸送ご苦労。これより奴隷紋を刻印する。そこに置いておけ」
(ドレイモン……? 奴隷になるってこと……? どうして、私が……)
抗う術を持たぬまま、袋の口が開かれる。眩しい光と共に、彼女を待ち受けていたのは、自由を奪う「奴隷の証」を刻むための熱い鉄だった。




