第9話:余った野菜を市場で売ってみた。え、これ「伝説の万能薬」なんですか?
『アリスの家庭菜園』が稼働して数日が過ぎた。
アリスの家の倉庫は、物理的にパンク寸前だった。
「ママ……もう無理だよ。枕元に『マッスル大根』を置くのは勘弁して」
タツヤがげんなりした顔で訴える。
毎朝、襲いかかってくる野菜を返り討ちにして収穫する日々。
冷蔵庫(氷魔法式)も、貯蔵庫も、すでに限界を超えていた。
「そうねぇ。捨てるのはもったいないし……」
アリスは腕組みをして、名案を思いついたようにポンと手を打った。
「そうだわ!街へ売りに行きましょう。この子たちの冬服や絵本を買う資金にするのよ」
* * *
アリスたちは、森から一番近い交易都市『ルーン』へとやってきた。
当然、そのままの姿では目立ちすぎるため、全員が変装をしている。
タツヤは角を隠すニット帽。
ミカは翼を隠す厚手のマント。
リラは猫耳フード。
そしてアリスは、認識阻害の魔道具『地味メガネ』を着用し、どこにでもいる村娘になりすましていた。
唯一、変装の必要がないレンが、不安そうに周囲を見回す。
「ママ……本当にここで売るんですか? 商業ギルドの許可とか……」
「大丈夫よ。市場の端っこの『自由区画』なら、登録料だけで誰でも出店できるわ」
アリスは慣れた手付きで露店を広げ、持ってきた野菜をドサドサと並べた。
まだ微かに動き出しそうな大根や、魔力を帯びて虹色に輝くトマトたち。
「えーと、値段は……。形も悪いし、家庭菜園の余り物だから……全部、一本銅貨10枚(約100円)でいいわね」
レンが絶句した。
「じゅ、10枚!? ママ、これ市場価格だと、ポーション効果込みで金貨1枚(約1万円)はしますよ!?」
「何言ってるのレン。ただの野菜よ? そんなボッタクリ価格にしたら、誰も買ってくれないわ」
アリスは聞く耳を持たない。
彼女にとって、これらは「勝手に生えてきた雑草に近い何か」であり、原価ゼロの処分品なのだ。
そして、伝説の激安セールが幕を開けた。
* * *
最初は、誰も見向きもしなかった。
泥がついたままの野菜。売り子は地味な女性と子供たち。怪しさ満点だ。
だが、一人の老婆が杖をつきながら通りかかった。
「おや……。珍しい色をしたトマトだねぇ」
「はい、おばあちゃん! これ、すごく甘くて元気が出るわよ!」
看板娘のミカが、満面の笑みでトマトを差し出す。
その可愛さに絆されたのか、老婆は銅貨を支払ってトマトを買い、その場で一口かじった。
ジュワッ。
濃厚な果汁が溢れる。
「……ん!?」
直後。
老婆の曲がっていた背骨が、ボキボキッという音と共に真っ直ぐに伸びた。
カサカサだった肌に潤いが戻り、白髪交じりの髪に艶が出る。
「あ、あら……? 腰が痛くない。膝も軽くなった……。これなら走れる、走れるわ!」
老婆は杖を放り投げ、軽やかなステップでタップダンスを踊り始めた。
市場がざわめく。
「おい見たか!? あの婆さん、若返ったぞ!」
「あの野菜、ただもんじゃねぇ! 鑑定魔法をかけろ!」
一人の冒険者がトマトを鑑定し、目を見開いて絶叫した。
「ば、馬鹿なッ! 『生命力回復(大)』『状態異常解除』『魔力活性』……!? これ、最高級エリクサーより効果が高いぞ!!」
その叫び声が、着火剤となった。
「俺にも売ってくれ!」
「こっちだ! 言い値で買うぞ!」
「その大根をよこせ! 俺のハゲが治るかもしれない!」
怒涛の人だかりができ、銅貨や銀貨が雨のように投げ込まれる。
レンとミカが必死でお釣り計算をする中、アリスは首を傾げていた。
「あらあら。みんな、よっぽど野菜不足なのねぇ。ちゃんとビタミン摂らないとダメよ?」
(違うよママ! みんな野菜じゃなくて『奇跡』を買ってるんだよ!)
レンは心の中で叫びながら、必死に客をさばいた。
* * *
市場が熱狂に包まれている頃。
人混みの外を、二人の男女が歩いていた。
かつてアリスを追放した勇者、ヴィルヘルムと聖女フィオナだ。
だが、その姿にかつての輝きはない。
ヴィルヘルムの鎧は手入れ不足で黒ずみ、フィオナの肌は荒れ、目の下には濃いクマができている。
「クソッ……どこの薬屋に行っても『万能薬』がないとはどういうことだ」
ヴィルヘルムが苛立ちを吐き捨てる。
「私たちの体調不良……きっとアリスの呪いだわ。早く解呪のポーションを手に入れないと……」
フィオナも息切れしながら歩く。
彼らはここ数ヶ月、原因不明(と彼らが思い込んでいる)の不調に悩まされ、各地を巡って高価な薬を探し回っていた。
「……ん? なんだ、あの騒ぎは」
ヴィルヘルムが、アリスの露店に群がる人だかりに気づく。
聞こえてくるのは「奇跡の野菜!」「飲めば治る!」という叫び声だ。
「野菜だと? くだらん」
ヴィルヘルムは鼻で笑った。
「貧民どもが、たかが食い物に群がって浅ましい。あんな泥だらけの根菜で、俺たちの『高貴な呪い』が解けるものか」
「ええ、そうね。不潔だわ」
フィオナもハンカチで鼻を覆い、露店を一瞥した。
彼らの視線の先には、変装したアリスがいる。
しかし、彼女を「地味な村娘」と認識した彼らは、それが自分たちが血眼になって探している『アリス』だとは気づかない。
そして、その露店に積まれている大根一本で、彼らの不調がすべて完治することにも気づかない。
「行くぞフィオナ。もっと高級な店を探すんだ」
「ええ、ヴィルヘルム様」
二人は、目の前にあった救済を自らのプライドで蹴り飛ばし、足早に去っていった。
その背中を、お釣り計算の手を止めたレンだけが見ていた。
(……あ、勇者一行だ。うわぁ、顔色が悪い。あのトマト一つ食べれば治るのに)
レンは小さく肩をすくめた。
* * *
「完売御礼! すごいわ、全部売れちゃった!」
夕暮れ時。
空っぽになったカゴを見て、アリスは嬉しそうに手を叩いた。
売上は、銅貨と銀貨が山盛り。
アリスの感覚では「ちょっとしたお小遣い」だが、一般家庭の年収を超える額である。
「みんな頑張ってくれたわね。さあ、今夜は奮発して、レストランでお肉を食べましょう!」
「「「やったー!!」」」
子供たちが歓声を上げる。
タツヤは肉への期待で尻尾を振り、ミカは新しいリボンを買ってもらってご機嫌だ。
リラはアリスに抱っこされてスヤスヤ眠っている。
アリスは売上の入った重たい袋を持ち上げ、ホクホク顔で歩き出した。
「やっぱり、家庭菜園は最高ね。食費も浮くし、お小遣いにもなるし。……また植えましょう」
その言葉を聞いたレンだけが、青ざめた顔で空を仰いだ。
(また……あの地獄の収穫祭をやるの……?)
翌日より、この街では「謎の野菜売りの聖女」伝説が語り継がれ、彼女が再び現れるのを待つ長蛇の列ができるようになるのだが――アリスがそれに気づくのは、また別のお話。




