第8話:家庭菜園を始めました。大根が走り、キャベツが噛み付く朝
国の中枢組織を「ゴミ出し」感覚で掃除してから、数日が経った。
辺境の森の生活は、平和そのものに戻っていたが、アリスには新たな悩みが生まれていた。
(……食費が、マッハだわ)
アリスは家計簿(羊皮紙)を見つめ、眉間にしわを寄せた。
家族が増えたのは喜ばしい。だが、育ち盛りの子供が四人。しかも、その内訳が規格外だ。
タツヤ(竜)は肉をキロ単位で消費し、ミカ(天使)は新鮮な果物を好み、リラ(魔王種)は何でも食べる。レン(人間)は常識的な量だが、栄養をつけてあげたいので多めに作りたい。
「このまま街へ買い出しに行き続けたら、私の隠し財産(勇者時代に貯め込んだへそくり)が尽きるのも時間の問題ね……」
アリスは決断した。
田舎暮らしの醍醐味であり、食費節約の切り札。
「みんな、お庭に集合!今日から『家庭菜園』を始めるわよ!」
* * *
アリスの号令で、裏庭の開墾が始まった。
「美味しいお野菜を作るには、まず土作りからよ。タツヤ、お願いできる?」
「任せてよママ!僕が最高にふかふかにしてやる!」
タツヤが意気揚々と地面に手を突っ込んだ。
ズズズズズ……!
地響きと共に、土がめくり上がる。
ただ耕すのではない。古龍の土属性魔力が、地下深層のミネラル豊富な土壌を地表へと循環させ、瞬時に「極上の黒土」を作り出した。
「わぁ、すごーい!ミミズさんもびっくりね!」
アリスは拍手した。
普通なら地盤沈下を心配するレベルだが、気にしない。
「次は種まきよ。レン、お願い」
「は、はい! 僕、畑仕事なら少し手伝ったことがあります!」
レンが丁寧に種を撒く。
彼の手つきは優しく、種たちに「大きくなってね」と声をかけているようだ。
唯一の常識的な作業工程である。
「よし、最後はお水と肥料ね。ミカ、リラ、出番よ」
「うん。悪い虫がつかないように、綺麗なお水をあげる……」
ミカがじょうろで水を撒く。
だが、その水はただの井戸水ではない。
天使の魔力が溶け込んだ『聖水(ランクS)』だ。
撒かれた瞬間に土が金色の光を放ち、雑菌や病気が死滅していく。
「りらもー! おおきくなーれ! おおきくなーれ!」
リラが土をペタペタと叩く。
無邪気な応援だが、そこには魔王種の『強制成長』が乗っていた。
土作り(竜)、作付け(人間)、水やり(天使)、肥料(魔王)。
世界樹の森という最強の立地で、すべての種族の祝福を受けた畑が完成した。
「完璧ね。これなら、来月には可愛い芽が出るかもしれないわ」
アリスは満足げに汗を拭った。
――しかし。
彼女は甘く見ていた。「来月」なんて悠長な時間は、この畑には必要ないということを。
* * *
翌朝。
ドサササササッ! ギャアアアアッ!
裏庭から、およそ野菜が出すとは思えない轟音と断末魔が聞こえてきた。
「な、何事!?」
アリスたちが寝間着のまま庭に飛び出すと、そこには地獄……いや、濃密なジャングルが広がっていた。
一晩で成長しきった野菜たちが、うっそうと茂っている。
だが、様子がおかしい。
「キシャーッ!!」
真っ赤なトマトが、牙を剥いて飛び跳ねている。
「ウオオオオ!」
大根が、筋肉隆々の白い手足を生やして、地面を疾走している。
キャベツは通りがかった野生の猪を捕食しようとしていた。
「な、なんですかこれぇぇぇ!?」
レンが絶叫した。
「お野菜……強そう」
ミカが呆然とする。
「うまそー!」
タツヤがヨダレを垂らす。
アリスは瞬時に理解した。
四人の魔力が化学反応を起こし、野菜たちが『ダンジョン・モンスター化』したのだ。
鑑定眼で見ると、『キラー・トマト(レベル50)』『マッスル・ラディッシュ(レベル65)』などの文字が浮かぶ。
「……あらあら」
アリスはゆったりと微笑み、エプロンのポケットから包丁を取り出した。
「とっても元気な野菜たちね。鮮度がいいうちに『収穫』しましょうか」
アリスの姿が消えた。
次の瞬間、襲いかかってきたトマトが、空中で綺麗に八等分のくし切りになって皿に着地した。
「ギャッ……!?」
大根が恐怖で震え上がり、土に潜って逃げようとする。
「逃がさないわよ。今夜はブリ大根なんだから」
アリスは逃げる大根の葉を掴み、背負い投げの要領で引っこ抜いた。
「タツヤ!キャベツを押さえて!ミカはキュウリを浄化して毒気を抜いて!レンはカゴを持ってきて!」
「「「はい!!」」」
早朝の裏庭で、命がけの収穫祭が始まった。
近隣の森の魔物たちは、そのあまりの凄惨な光景(一方的な蹂躙)に、震え上がって逃げ出したという。
* * *
その日の朝食。
食卓には、ツヤツヤと輝く新鮮なサラダと、野菜スープが並んだ。
「いただきまーす!」
レンは恐る恐るトマトを口にした。さっきまで牙を剥いていたやつだ。
しかし――。
「……えっ!?」
口に入れた瞬間、濃厚な甘みと旨味が爆発した。
それだけではない。食べた直後に、体の中から力が湧いてくるのを感じる。
「おいしい……! それに、なんだか身体が軽いような……」
「ふふ、そうでしょ。採れたてだもの」
アリスはにこやかに笑っているが、実際には『極上の魔力野菜』によるステータス上昇効果である。
このサラダ一皿で、高級ポーション十本分の回復量と、永続的な身体強化効果があった。
「タツヤ、おかわりあるわよ。いっぱい食べて大きくなりなさい」
「うん! ママの野菜、世界一うまい!」
リラも人参を握りしめてご機嫌だ。
アリスは、賑やかな食卓を見て、満足げに頷いた。
(ちょっと元気が良すぎるけど、食費も浮くし、栄養満点だし、結果オーライね)
こうしてアリスの家に、「一度入ったら生きては出られない」と近隣の冒険者に恐れられる伝説の魔境――『アリスの家庭菜園』が誕生した。




