表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

7/14

第7話:国一番の精鋭部隊よりも、シチューの焦げの方が重大事案です

その日の夕食は、アリス特製の『ホワイトシチュー』だった。


世界樹の恵みをたっぷり受けた野菜と、鶏肉コカトリスのクリーム煮。

隠し味には、滋養強壮に効くマンドラゴラのすりおろし(無毒化済み)が入っている。


「いい匂いね。さあ、みんなでお手伝いできるかしら?」


キッチンでは、アリスの号令のもと、子供たちが動き回っていた。


「俺が火加減を見る!」


タツヤ(5歳)が、口から小さな炎を吹いてコンロの火力を調整する。


「私はお皿を出す……」

 

ミカ(10歳)が、翼でバランスを取りながら、人数の分の皿をテーブルに並べる。


「ぼ、僕はテーブルを拭きます!」

 

レン(7歳)が、布巾を持って懸命にテーブルを磨く。


「まんまー!」

 

リラ(1歳)は、つまみ食いをしようとしてアリスに捕獲されていた。


完璧な連携だ。

 

アリスは鍋をかき混ぜながら、この幸せな時間が永遠に続くことを願った。


……しかし、その願いは、無粋な侵入者たちによって破られた。


ウゥン、ウゥン、ウゥン……!

 

部屋の空気が赤く点滅する。


アリスが設置した『害虫駆除アラーム(対人・対軍用)』が作動したのだ。


「……あら」

 

アリスの声のトーンが、半音下がった。


「シチューの仕上げ、これからなのに」


 * * *


アリスがエプロン姿のまま、お玉を持って庭に出ると、そこは既に包囲されていた。


森の木々の間から、殺気を放つ武装集団が三つ、それぞれの方向から展開している。


正面には、深紅のローブを纏った『王立魔導師団』。

「見つけたぞ! 逃げ出した竜の実験体サンプルを返してもらおう!」

彼らの狙いは、最強の生物兵器の素体であるタツヤだ。


右翼には、白装束に身を包んだ『聖教会・異端審問官』。

「穢れた天使の紛い物を引き渡せ! 神の御名において浄化する!」

彼らの狙いは、教義に反する存在であるミカだ。


左翼には、漆黒の装備で顔を隠した『暗部特殊工作部隊』。

「廃棄処分ナンバー・ゼロ(レン)を回収する。国家機密の漏洩は許されない」

彼らの狙いは、人造勇者計画の証拠隠滅のためのレンだ。


国の中枢を担う三組織が、それぞれの「正義」と「欲望」のために、この辺境の小さな家に集結していた。


その殺気に、家の中から出てきた子供たちが震え上がる。


「う……うう……」


ミカが顔面蒼白になり、レンがガタガタと膝を震わせる。


タツヤだけが、勇気を振り絞って二人の前に立った。


「や、やめろ! 僕たちに近づくな! 僕が……僕が相手だ!」


小さな身体から炎を出して威嚇するが、相手は国最高峰の戦力だ。


魔導師団の隊長が、冷酷に杖を振り上げた。


「抵抗するな、実験動物ごときが。女と他のガキもろとも、まとめて焼き尽くしてやる! 『獄炎インフェルノ』――!」


放たれたのは、家一軒を灰にする高位攻撃魔法。


轟音と共に、灼熱の業火がアリスたちに迫る。


「ママ!!」


子供たちが悲鳴を上げた。


カッッッ!!!!


しかし。


炎がアリスたちに届くことはなかった。


アリスが持っていた「お玉」を一振りした瞬間、業火はあたかも最初から存在しなかったかのように、空中で霧散したのだ。


「……は?」


魔導師団長が目を丸くする。


アリスは、静かにため息をついた。

その瞳から、ハイライトが消えていた。


「今、煮込み時間なのよ」


アリスの声は低く、しかし戦場全体に響き渡った。


「火加減が大事な時に、そんな馬鹿みたいな温度の炎を出さないでくれる?シチューが焦げたら、どう責任を取ってくれるのかしら」


「な、何を言っている……!?我々は王立魔導師だぞ!国家反逆罪で処刑する!」


「異端者め、神罰を受けよ!」


三つの組織が、一斉に攻撃を開始した。

魔法の雨。聖なる鎖。毒塗りの短剣。


あらゆる死の凶器が、アリスと子供たちに殺到する。


アリスは、エプロンのポケットから「何か」を取り出すこともなく、ただ右手をかざした。


「錬金術式:『分別廃棄トラッシュ・ボックス』」


パシュン。

という間の抜けた音がした直後。


空中に展開されていた数百の攻撃魔法が、すべて「花びら」に変わった。

飛来していた短剣や鎖が、すべて「ゴム製のアヒル」や「スポンジ」に変わった。


「なッ……!? 俺たちの魔法が!?」

「武器が……オモチャに!?」


混乱する兵士たちに、アリスは冷徹に告げた。


「貴方たちの攻撃は、我が家の食卓にとって『不要なゴミ』と判断しました。なので、可燃ゴミと不燃ゴミに分別させていただきました」


アリスの錬金術は、物質の構成要素だけでなく、そこに込められた「殺意」や「魔力」という概念すら分解・再構築する。


彼女の前では、戦略級魔法も「ただの光る空気」に過ぎない。


「さて。次は貴方たちの番ね」


アリスが一歩踏み出すと、大地が震えた。


『ママ・イズ・ゴッド』の威圧効果プレッシャーだ。

歴戦の兵士たちが、本能的な恐怖で後ずさりし、腰を抜かす。


「わ、悪かった! 帰る! 帰るから!」


「神よ……悪魔だ……!」


「待ちなさい」


 逃げようとする彼らを、アリスの声が縛り付けた。


「ウチの子たちを『実験体』だの『廃棄物』だの呼んで、散々怖がらせてくれたわね。……タダで帰れると思っているの?」


アリスの背後に、巨大な錬金術陣が展開する。

それは攻撃魔法ではない。

巨大な「転送ゲート」だ。行き先は、王都の下水処理場、およびドラゴンの巣窟のど真ん中。


「『強制退去ハウスクリーニング』。二度と、私の家族の半径一キロ以内に近づかないこと。……いいわね?」


「ヒィィィィィ!!!」


ドォォォォォン!!


アリスが手を振り下ろすと、突風と共に、三つの組織の精鋭たちは空の彼方へと吸い込まれていった。


まるで、掃除機に吸われるホコリのように。一瞬で、綺麗さっぱりと。


 * * *


静寂が戻った庭に、花びらが舞い落ちる。

子供たちは、ポカンと口を開けてその光景を見ていた。


「す、すげぇ……」タツヤが呟く。

「神様……?」ミカが祈るように手を組む。

「ママ……最強……」レンが呆然とする。


アリスはふぅ、と息を吐き、いつもの優しいママの顔に戻って振り返った。


「ごめんね、みんな。大きな音でびっくりさせちゃったわね」

「ママー!」


リラが一番に駆け寄り、アリスの足に抱きついた。

続いて、タツヤ、ミカ、レンも、涙目でアリスに飛びついた。


「怖かった……! 連れて行かれるかと思った……!」

「ママが守ってくれた……!」


アリスは四人の子供たちをまとめて抱きしめた。

その温もりが、子供たちの震えを止めていく。


「当たり前でしょう。貴方たちは、私が拾った『宝物』じゃない。私の大事な、大事な家族よ」


アリスは一人一人の頭を撫で、ニッコリと微笑んだ。


「誰も連れて行かせないし、誰も傷つけさせない。ママがいる限り、絶対にね」


子供たちは泣きながら、それでも最後は笑顔で頷いた。

血の繋がりも、種族も関係ない。

最強のママを中心とした、鉄壁の絆がここに完成したのだ。


「さあ、冷めないうちに戻りましょう。今日はシチューよ」

「「「はーい!!」」」


家の中からは、温かくて美味しそうな匂いが漂ってくる。

その夜の食卓は、今までで一番賑やかで、そして世界で一番安全な場所だった。


――こうして。

国の中枢組織が神隠しに遭ったというニュースが王都を駆け巡る中、辺境の森では、今日も「おかわり!」の元気な声が響いていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ