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第三話:愛娘が「熱」を出した。それは世界崩壊の危機(ママ的に)

アリスが『迷わずの森』に引きこもり、最強の育児生活を始めてから一年が経過した。


この一年で、愛娘リラの成長速度は、アリスの予測(=一般常識の百倍)をさらに軽々と超えていた。

原因は明白だ。毎日摂取している『黄金林檎の離乳食』と、就寝時の『世界樹ネットワークによる英才教育(睡眠学習)』。


この二つの育児チートが、リラの潜在能力を爆発させていたのだ。


一歳になったリラは、すでによちよち歩きを卒業し、森の中を駆け回っている。

だが、その遊び方が問題だった。


「キャッキャ! ママ、みてー!」


「リラ、どうしたの? ……って、待って!?」


アリスが振り返ると、リラが地面に木の枝でお絵描きをしていた。

だが、描かれているのは可愛いキャラクターなどではない。  


『第十階位・戦略級殲滅魔法陣(独自アレンジ版)』だ。


「じょうずにかけたー!」


「うん、上手ねー! 線がとっても綺麗!……じゃなくて! リラちゃん、その最後のルーン文字を書き足すと、この森が消し飛んじゃうからストップー!!」


アリスは光の速さで魔法陣の一部を消し、無害な花火の術式に書き換えた。  

ポンッ、と可愛い光の華が咲き、リラが手を叩いて喜ぶ。


(恐ろしいわ……。私が読み聞かせた古代語の絵本、もう全部理解してるの……?)


リラは無邪気な天使だが、その知能と魔力制御はすでに宮廷魔導師を超えている。  


アリスにとって、毎日の育児は「世界崩壊の危機管理リスクマネジメント」そのものだった。


 * * *


その日、アリスはリラを連れて、辺境の村へ買い出しに出かけた。  


リラが着ているのは、アリスの手編みニット……に見せかけた『ミスリル繊維と蜘蛛の糸の複合織物』だ。


ドラゴンに噛まれても破れない最強のベビー服である。


村の雑貨屋でミルクとおむつを補充していると、冒険者たちの噂話が耳に入ってきた。


「おい聞いたか? 『神威の光』の連中、まだ復帰できないらしいぞ」

「なんでも、魔王城から帰還して以来、原因不明の不眠症と体調不良でボロボロだとか」

「聖女様の回復魔法も効かねぇらしい。つーか、最近じゃ装備の手入れすら満足にできなくて、聖剣がサビついたって噂だぜ」


 アリスは表情一つ変えず、特売の大根をカゴに入れた。


(あらあら。私が毎日かけていた『自動メンテナンス魔法』と『常時解毒・疲労回復エンチャント』が切れたのね)


彼らは気づいていなかったのだ。  

彼らが「俺たち最強!」とイキっていられたのは、アリスが呼吸をするように維持していた補助魔法バフのおかげだったことに。


(せいぜい、自分たちの実力不足を「呪い」のせいにして現実逃避していればいいわ。……さ、リラ。今日はシチューにしましょうね)


アリスにとって、彼らの没落は「今日の夕飯の献立」よりも興味のない話題だった。


 * * *


だが、平和な日常は、その夜、唐突に破られた。


「うっ……うう、ママぁ……」


深夜、リラが苦しげな声を上げた。  

アリスが飛び起きると、リラの身体が異常な高熱を発していた。  


ただの熱ではない。リラの身体から、黄金色のオーラが噴出し、部屋の空気がビリビリと震えている。


「リラ!? どうしたの!」


アリスが抱き上げようと手を伸ばすと、バチッ! と強力な静電気が走った。  


アリスの解析眼アナライズが、瞬時に原因を特定する。


(これは……『魔力知恵熱』!? いや、規模が違うわ!)


リラの身体に流れる「魔族の王族クラスの血」と、アリスが与えすぎた「最高級食材の栄養マナ」が化学反応を起こし、急激な成長レベルアップを強要しているのだ。  


赤子の器が、膨大すぎるエネルギーに耐えきれず、悲鳴を上げている。


「あつい……ママ、あついよぉ……」


「大丈夫よリラ! ママがついているわ!」


アリスは焦った。

通常の解熱ポーションなど効くはずがない。


これは病気ではなく、生命の進化現象だからだ。  


外では、リラの魔力に呼応して、森の木々がざわめき、世界樹の枝が発光を始めている。


(このままじゃ、リラの身体が魔力に焼き切れてしまう……! 器を広げるには時間が足りない。なら、溢れる分を私が引き受けるしかない!)


アリスは決断した。  

それは、錬金術師としては禁忌とされる『魂の回路接続ソウル・コネクト』。


「リラ、ママとギュッてしようね」


アリスは防御結界を全開にし、暴走するリラを力いっぱい抱きしめた。  

ジュッ、と皮膚が焼けるような音がする。  


構うものか。娘の痛みは私の痛み。


娘の熱は、私が全部もらう。


「『万象錬金』術式解放――対象、愛娘リラ!過剰魔力の吸収および、私の魔力回路との並列化を実行!」


 カッッッ!!!!  


家全体、いや、森全体が黄金の光に包まれた。  


リラの中に渦巻く奔流のような魔力が、アリスの身体へと流れ込んでくる。  


普通の人間なら即死する量のエネルギーだ。だが、アリスは眉一つ動かさない。


(これくらい何よ!リラの夜泣きに比べたら、こんな魔力の暴走、そよ風みたいなものだわ!)


母の愛は、物理法則すらねじ伏せる。  


アリスはリラの魔力を自身の錬金術で「無害化」し、さらにそれを自分とリラの身体を行き来させることで、二人の魔力波長を完全に同調シンクロさせた。


――数刻後。  


光が収まると、リラの熱は嘘のように引いていた。  

すやすやと、アリスの腕の中で安らかな寝息を立てている。


「……よかった。私の可愛いリラ」


アリスは安堵でへたり込んだ。  

だが、自分の身体に「異変」が起きていることに気づいた。  


疲労がない。それどころか、以前よりも全身に力がみなぎっている。

リラの魔力が、アリスの身体に定着し、新たな力を生み出していたのだ。


空中に、システムウィンドウのような文字が浮かび上がる。


【最適化完了】  

ジョブチェンジを確認……  


『錬金術師』⇒『愛娘の最強ママ』  


スキル統合:『万象錬金』×『魔王種の魔力』  

⇒ 新規ユニークスキル『 母なる慈愛の絶対領域ママ・イズ・ゴッド』を獲得しました。


「……は?」


アリスは呆気にとられた。  

なんだその、ふざけた名前のスキルは。  


詳細を確認すると、『愛娘に害なす事象を、問答無用で原子レベルで分解・再構築する権能』とある。


「……ふふ、あははは!」


アリスは笑い出してしまった。  

魔王の力すら取り込んで、彼女は文字通り「最強」になってしまったらしい。


「いいわ。リラを守れるなら、魔王でも神様でもなってあげる」


アリスは眠るリラの頬にキスをした。


「おやすみ、私の小さな魔王様。明日はもっと美味しいご飯を作ってあげるからね」


村では「森の奥で謎の発光現象が起きた」「新しい神が降臨したのではないか」と大騒ぎになっていたが、アリスがそれを知るのは数日後のことである。


最強ママの伝説は、まだ始まったばかりだ。

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