第13話:勇者なんていりません。僕たちの親は、ママだけです
「ふざけるなッ!俺は選ばれし勇者だぞ!ガキどもが調子に乗るな!」
勇者ヴィルヘルムが激昂し、聖剣『バルムンク』を抜き放った。
腐っても聖剣。その刀身には聖なる輝きが宿り、一撃でドラゴンすら両断する――はずだった。
ガギィィィン!!
硬質な金属音が森に響く。
だが、剣は誰の肉も切り裂いていなかった。
「……え?」
ヴィルヘルムが間の抜けた声を漏らす。
彼の全力の一撃は、タツヤ(5歳)の「左手」によって鷲掴みにされ、止められていたのだ。
「……弱い」
タツヤはあくびを噛み殺しながら、冷めた瞳で勇者を見下ろした。
「遅いし、軽いし、魔力の練り方も雑だ。……こんなのが『聖剣』? ママのデコピンの方が百倍痛いぞ」
バキッ。
タツヤが指に少し力を込めると、伝説の聖剣の刀身に、無惨な亀裂が走った。
「ひッ……!? ば、バルムンクが!?」
「タツヤ兄ちゃん、壊しちゃダメだよ。ゴミが増えるから」
後ろからレンが冷静に指示を出す。
タツヤは「ちぇっ」と舌打ちし、ヴィルヘルムの腹に軽い前蹴りを放った。
ドゴォォォォン!!
勇者の体は砲弾のように吹き飛び、背後の騎士たちを巻き込んで地面を転がった。
「ヴィルヘルム様!!」
聖女フィオナが悲鳴を上げ、杖を掲げる。
「おのれ魔物風情が! 聖なる光よ、彼らを癒やし、悪しき者を浄化せよ! 『聖域結界』!」
フィオナの全身から、眩い回復と浄化の光が溢れ出す。
……はずだった。
シュワワワ……。
光は放たれた瞬間、炭酸が抜けるように頼りなく消滅した。
「な、なぜ!? 私の祈りが届かない!?」
「届くわけありませんわ。貴女の魔力、ヘドロのように汚れていますもの」
いつの間にか、フィオナの背後にミカ(10歳)が立っていた。
その背中には純白の翼。本物の天使の威光が、偽物の聖女を圧倒する。
「人を傷つけ、蔑む心で祈っても、天は応えません。……お口と心を、綺麗に『消毒』しましょうね?」
ミカがにっこりと微笑み、高密度の『洗浄魔法』を放つ。
「ぎゃあああ! 魔力が、魔力が洗い流されるぅぅぅ!!」
フィオナは白目を剥き、その場に崩れ落ちた。
残されたのは、十数名の近衛騎士たち。
彼らは震えながらも、一番小さくて無防備なリラ(1歳)に狙いを定めた。
「ひ、怯むな! あの赤ん坊を人質に……!」
騎士たちが殺到する。
リラは、逃げなかった。
ただ、ムスッとした顔で、小さな足を踏み鳴らした。
「おすわり!」
ズドォォォォン!!
言葉と共に放たれたのは、重力魔法をも凌駕する『魔王の覇気』。
騎士たちの脳内に「絶対服従」の命令が書き込まれ、彼らは全員、糸が切れたようにその場で正座をし、地面に頭を擦り付けた。
「あぅ。……よわい」
リラは興味なさげにプイと顔を背けた。
* * *
わずか一分足らず。
国最強の戦力は、子供たちの遊び(お掃除)によって壊滅した。
ボロボロになったヴィルヘルムが、血を吐きながら這いつくばる。
彼の目の前に、一人の少年が歩み寄った。
魔力を持たない、「無能」と蔑んだ少年――レンだ。
「……くそ、お前ら……一体何なんだ……。俺は勇者だぞ……アリスの仲間だぞ……」
ヴィルヘルムはまだ譫言のように呟いている。
レンは冷ややかな目で見下ろし、手に持っていた「ミスリルのフライパン(ママ愛用)」を構えた。
「仲間?笑わせないでください」
レンの声は静かだったが、その奥には煮えたぎる怒りがあった。
「貴方はママを捨てた。傷つけた。泣かせた。……今さら『仲間』面して戻ってくるなんて、厚かましいにも程があります」
「だ、黙れ無能が! 貴様に何ができる!」
ヴィルヘルムが逆上し、折れた剣を振り回してレンに襲いかかる。
腐っても勇者。
その速度は常人には見えない。
だが。
(……遅い)
レンの目には、ヴィルヘルムの動きがスローモーションに見えた。
毎日、タツヤの音速の鬼ごっこから逃げ、ミカの光魔法を回避し、リラの予測不能な動きに対応してきたのだ。
それに比べれば、この男の剣筋など、止まっているも同然だった。
カァァンッ!!
小気味良い音が響いた。
レンが振るったフライパンが、ヴィルヘルムの剣を弾き飛ばし、そのままカウンターで彼の顔面を捉えたのだ。
「ぶべらッ!?」
ヴィルヘルムが回転しながら吹き飛ぶ。
「僕には魔法も、特別な力もありません。……でも」
レンはフライパンを肩に担ぎ、気絶した勇者を見下ろして言い放った。
「落ちぶれた勇者ごときなら僕でも倒せる」
タツヤ、ミカ、リラが、レンの後ろに並ぶ。
四人の子供たちの瞳には、共通の意志が宿っていた。
「僕たちに勇者はいりません。……僕たちの勇者は、世界で一番強くて優しい、ママだけです」
それが、決着の合図だった。
最強の子供たちによる「教育的指導」は完了した。
庭には、ゴミのように転がる元英雄たちと、夕日の下で誇らしげに胸を張る子供たちの姿だけがあった。
* * *
その時。
森の入り口から、のんびりとした声が聞こえてきた。
「ただいまー。みんな、いい子にしてたー?」
買い物カゴを下げたアリスが、鼻歌交じりで帰ってきたのだ。
彼女は庭の惨状――クレーターだらけの地面と、倒れている不審者たち――を見て、ピタリと足を止めた。
「……あら?」
アリスの視線が、ボロボロのヴィルヘルムと交差する。
ヴィルヘルムは腫れ上がった顔で、救いを求めるように手を伸ばした。
「あ、アリス……! 助け……こいつら、化け物だ……しつけがなってな……」
その瞬間。
アリスが手にしていた買い物カゴが、ドサリと落ちた。
卵パックが割れる音。
子供たちは見た。
いつも優しいママの背中から、今まで見たこともないほど恐ろしい、けれど温かい「激怒のオーラ」が立ち昇るのを。
「……ヴィルヘルム」
アリスの声は、絶対零度よりも冷たかった。
「私の大事な子供たちを、『化け物』と呼んだのかしら?」
最強ママの、本当の「お仕置き」の時間は、これからが本番だった。




