第12話:勇者が来襲しました。どうやら復縁をご希望のようです
その日、アリスは珍しく朝からソワソワしていた。
「今日は街の『大特価セール』の日よ!卵が半額、砂糖が三割引き……。これは戦場に行くしかないわね」
アリスは戦意高揚した顔で、買い物カゴ(亜空間収納付き)を装備した。
「みんな、お留守番できる? ママ、お昼過ぎには戻るから」
「「「はーい!」」」
子供たちが元気に返事をする。
タツヤは薪割り(巨木の粉砕)、ミカは窓拭き(聖なる浄化)、リラは泥遊び(地形操作)、そしてレンは読書(戦術書の暗記)。
それぞれの「遊び」に夢中だ。
「よし、いい子ね。……あ、そうだ」
出かける間際、アリスはふと思い出したようにレンに言った。
「もし、変な人が来たら――『セールスお断り』って言って追い返していいからね?」
「うん、わかった。行ってらっしゃい、ママ」
レンは笑顔で手を振った。
まさかその「変な人」が、ママの過去における最大の汚点だとは知らずに。
* * *
アリスが出かけてから数時間後。
『迷わずの森』の静寂は、無遠慮な足音によって破られた。
「おい、まだ着かないのか。……チッ、なんて湿気だ」
悪態をつきながら現れたのは、煌びやかだが所々汚れた鎧を纏った男――勇者ヴィルヘルム。
その後ろには、聖女フィオナと、数名の騎士たちが続いている。
彼らはここ数ヶ月、アリスの行方を血眼になって探していた。
体調は悪化の一途を辿り、装備は劣化し、国からの支援も打ち切られかけている。
そんな中、彼らは市場で流れた噂を耳にしたのだ。
『万能薬のような野菜を作る、若き聖女が森に住んでいる』と。
「間違いない。アリスだ」
ヴィルヘルムは確信していた。
そして、その思考回路は驚くほどポジティブ(自己中心的)に歪んでいた。
「あいつ、俺たちに追放されて反省したんだろう。森で俺たちのために薬草を育て、許しを請う準備をしていたに違いない」
「そうですわね、ヴィルヘルム様。きっと泣いて喜んで、私たちの足にすがりついてきますわ」
フィオナもまた、歪んだ選民思想の中にいた。
彼らは「森の家」を見つけると、躊躇なく結界を強引に突破し(実際にはアリスが『害獣以外は通す』設定にしていたため入れただけ)、庭へと侵入した。
「おいアリス! 迎えに来てやったぞ! 感謝して出てこい!」
ヴィルヘルムが大声を張り上げる。
しかし、出てきたのはアリスではなかった。
庭で遊んでいた四人の子供たち――タツヤ、ミカ、リラ、レンが、キョトンとした顔で彼らを見つめていた。
「……あ?」
ヴィルヘルムは眉をひそめた。
「なんだこのガキどもは。……おい、そこをどけ。薄汚い魔物の臭いがするぞ」
彼はタツヤの角と、ミカの翼を見て、あからさまな嫌悪感を露わにした。
そして、真ん中にいたレンを見て鼻で笑った。
「それに、そこの魔力ゼロのゴミ。……アリスも落ちたものだな。こんな掃き溜めのような孤児院を運営しているとは」
その言葉を聞いた瞬間。 場の空気が、凍りついた。
タツヤの手元で、薪がメキッと音を立てて砕ける。
ミカの瞳からハイライトが消え、背後に黒い靄が滲む。
リラが持っていた泥団子が、重力魔法で圧縮され、鉄球のような密度に変わる。
だが、最初に動いたのはレンだった。
彼は読んでいた本をパタンと閉じ、ゆっくりと立ち上がった。
(……この声。この鎧。間違いない)
レンは知っていた。
街の噂話や、アリスが時折見せる寂しげな表情の理由。
ママを利用し、傷つけ、捨てた男。
「……帰ってください」
レンの声は静かだったが、そこには明確な拒絶の意思が込められていた。
「ママは不在です。それに、貴方たちのような『お客様』はお断りだと仰っていました」
「あぁ? 口答えするか、クソガキが」
ヴィルヘルムが苛立ち紛れに剣の柄に手をかけた。
威圧。大人が子供に向けるべきではない殺気。
普通の子供なら泣き出す場面だ。
だが、レンは一歩も引かなかった。
引くわけにはいかない。
この男を、ママに会わせてはいけない。
ママの笑顔を、二度と曇らせてはいけない。
「みんな」
レンは背後の兄姉妹たちに、短く指示を飛ばした。
「ママが帰ってくる前に、終わらせよう」
「……おう」タツヤが獰猛に笑い、拳を鳴らす。
「……はい」ミカが冷たい瞳で翼を広げる。
「……ん!」リラが地面を踏みしめる。
レンは、ヴィルヘルムを真っ直ぐに見据え、宣告した。
「ここは僕たちの家だ。ママの庭を汚すゴミは――強制排除する」
最強の子供たちによる、初めての「勇者狩り」が幕を開けた。




