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第11話:子供部屋を作ろう。僕だけノコギリと金槌ですが、これが「普通」ですよね?

朝。小鳥のさえずりと共に、レン(7歳・人間)は目覚めた。  

というか、叩き起こされた。


「あぐッ!?」


みぞおちに強烈な衝撃。  


見れば、隣で寝ていたリラ(1歳・魔王種)の踵落としが、綺麗にレンの腹にめり込んでいた。  


反対側ではタツヤ(5歳・元竜)がレンの足を抱き枕にして締め上げているし、上からはミカ(10歳・元天使)の翼が覆いかぶさって窒息しそうだ。


現在、アリスの家では、大きなベッドを連結して家族全員で川の字(というか団子状態)で寝ている。  


だが、さすがに限界が近かった。


「……あらあら。みんな大きくなったものねぇ」


着替えながら、アリスが微笑ましそうに、しかし少し困ったように言った。  

レンは青あざだらけの腹をさすりながら、切実に頷いた。


「ママ、僕、そろそろ命の危険を感じます。リラの寝相は『物理攻撃』です」


「そうね。自立心を育てるためにも、そろそろ『自分の部屋』が必要かもしれないわ」


アリスはポンと手を打った。


「よし、決まり! 今日はみんなで『子供部屋』を作りましょう!」


 * * *


アリスの方針は、「自分の城は自分で作る(DIY)」だ。  


家の裏手の空きスペースを使い、増築工事が始まった。


「いい? どんな部屋にしたいか想像して、自由に作ってみてね。ママはサポート役に徹するから」


その言葉を合図に、規格外の兄姉たちが動き出した。


「僕は高いところがいい! 見晴らし最高なやつ!」  

タツヤが地面に手を突き刺す。  


ズズズズズ……!  


地響きと共に岩盤が隆起し、わずか数分で、ゴツゴツとした岩でできた『断崖絶壁の塔』が出現した。



「私は綺麗な部屋がいいわ……」  

ミカが祈りを捧げる。  


光魔法が結晶化し、ステンドグラスのように輝く『クリスタル・ドーム』が生成された。


「りら、ここー!」

リラは、アリスの寝室の壁をドカンと物理的に破壊し、直通の穴を開けて『秘密基地』を作った。


「…………」


レンは、呆然と立ち尽くしていた。  

手には、アリスから渡されたノコギリと金槌。足元には、木の板。


(……いいなぁ、魔法)


レンは唇を噛んだ。  

タツヤもミカも、イメージするだけで形になる。  


でも、僕には何もない。


「……やるしかない」


レンは黙々と木材を切り始めた。  


ギコ、ギコ、ギコ。  


兄姉たちが魔法で一瞬にして城を築く横で、レンだけが汗だくになりながら、地味な作業を続ける。


(僕だけ遅い。僕だけ弱い。……悔しい)


その劣等感は、彼の手元を狂わせたわけではない。

むしろ、彼を「思考」へと走らせた。  


力がないなら、頭を使え。工夫しろ。  


レンの瞳に、静かな炎が宿り始めた。


 * * *


「あ、釘が足りない」


作業の中盤、レンは資材不足に気づいた。  


彼はアリスに許可を取り、一人で近くの街『ルーン』の金物屋へと走った。


「おじさん、五寸釘をください。あと、補強用の鉄板も」 「あいよ。……って、坊主一人か?」


店主が眉をひそめた。  


レンが注文したのは、大樽いっぱいの釘(約50kg)と、分厚い鉄板数枚だ。


「配達を頼みな。大人でも腰をやる重さだぞ」


「いえ、急いでるんで。持って帰ります」


レンはお金を払うと、大樽の縁を掴んだ。


(タツヤ兄ちゃんなら、こんなの小指で持つんだろうな……。僕は何をするにも全力だ)


レンは「よっ」と気合を入れ、大樽を片手でひょいと持ち上げた。  

ついでに、空いた左手で鉄板と角材(計30kg)を小脇に抱える。


「え?」  


店主の目が飛び出た。  

周囲の客も、口をあんぐりと開けて凝固した。


「重っ……くない?」


レンは首を傾げた。  


おかしい。毎日、アリスの畑で引っこ抜いている「マッスル大根」の方が、抵抗が激しい分だけ重く感じる。  


この樽は、暴れないし噛み付いてこない。


なんて持ちやすいんだ。


「じゃあ、失礼します」


レンは総重量80kgを超える荷物を抱え、スタスタと、いや、スキップに近い足取りで店を出て行った。


「な、なんだあのガキ……!? 強化魔法か!?」


「いや、魔力は感じなかったぞ……純粋な筋力だ……!」


「ありえねぇ……ドワーフの子供か……?」


街中が騒然としていたが、レンは気づかない。  


彼は帰り道、ずっと落ち込んでいた。


(みんな僕を見てた……。「あんな荷物に苦戦して、ひ弱な子供だな」って思われたんだ。……もっと鍛えないと、家族の荷物持ちもできないや)


アリスの特製料理ステータスドーピングにより、彼もまた「人間卒業」している事実に、本人だけが気づいていなかった。


 * * *


夕方。四つの子供部屋が完成した。


アリスによる内覧会が始まる。


「まずはタツヤの部屋ね……。うん、ワイルド!でもこれ、冬は隙間風で凍えるし、夏は岩が熱を持って灼熱地獄ね」


「ガーン!」


「次はミカの部屋……。綺麗!でも、外から丸見えでプライバシーがないし、太陽光が集まりすぎて目玉焼きが焼けそうね」


「ショックです……」


「リラの部屋は……ママの寝室の壁、あとで直しておいてね」


「あい」


兄姉たちが玉砕する中、最後にレンの部屋のドアが開かれた。


そこにあったのは、木の温もり溢れる、こぢんまりとした書斎風の部屋だった。  


派手さはない。


だが、窓は風通しの良い南向きに配置され、壁には計算された収納棚。


机の高さも成長に合わせて調整できるようになっている。


「……すごいわ」


 アリスが感嘆の声を漏らした。


「釘一本の打ち方まで丁寧だし、何より『住む人』のことを考え抜かれた設計ね。……レン、貴方は『空間の魔法使い』よ」


魔法使い。

一番欲しかった言葉を、別の意味で貰った。  


レンの胸に、じわりと喜びが広がる。


「えへへ……。僕、力がないから、頭を使うしかなくて」


レンは照れ笑いした。  


だが、その心の奥底で、一つの「確信」が芽生えていた。


(ママは褒めてくれた。でも、やっぱり僕は魔法には勝てない。……力がダメなら、仕組み(ルール)そのものを支配するしかない)


(タツヤ兄ちゃんが壊せない城壁を、ミカお姉ちゃんが浄化できない泥臭い策謀を、僕が作ればいいんだ)


彼の瞳の奥に、将来「知略の魔王」として世界を震え上がらせる冷徹な光が、一瞬だけ宿った。  

だが、今はまだ、ただの優しい少年のままだ。


その夜。


「レンのへや、いいー!」


「俺の部屋、寒くて寝られないから入れてくれー」


「私も……眩しくて……」


結局、タツヤ、ミカ、リラの三人が枕を持ってレンの部屋に乱入してきた。  

レンが苦労して作ったベッドは占領され、彼は床で寝ることになった。


「……もう。しょうがないなぁ」


レンはため息をつきつつも、布団をかけ直してあげた。  


この手のかかる最強の家族を、支えていくのが、僕の役目なんだろうな。


アリスはその様子をドアの隙間から覗き見て、クスクスと笑った。


「みんな仲良しで何よりね。……でもレン、あの鉄板と釘の山、どうやって一人で運んできたのかしら?」


最強ママの疑問は、夜の静寂に溶けていった。

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